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背後から声がかかって振り返ると、彼女が立っていた。こういう時に悪びれないところは、出会ってからずっと変わらない。可愛く媚びを売るわけでも調子づいているわけでもなく、人によってはむしろぶっきらぼうに感じるのかもしれないけれど、少なくとも僕は、そういう彼女が好きだった。
「いや、いいよ。おかげでコーヒーが少し飲めたから」
「猫舌だもんね、ケイくんは」
そう言って彼女は僕の向かいに座る。ボックス席に座れてよかった。飲食店で、小さなテーブルで椅子に座って向かい合うのを、彼女は嫌っていたからだ。テーブルの上が手狭なのがなんとなく気詰まりなのよ、とよく零していた。
僕は小さなテーブルで彼女と向かい合うのは、なんとなく心のうちが見透かされるようであまり好きではなかった。
だから、彼女の言葉を聞き入れるいい彼氏のふりをして、こうしてできる限りボックス席を選んで座ってきた。
彼女の目配せに気付いた店員が、オーダーを取りに来た。ホットのコーヒーを、という短い注文に、店員はかしこまりました、と頷いて下がる。
「久しぶりね。元気だった?」
「うん。仕事はちょっと忙しかったけど」
「残業ばっかり?」
「水曜日以外は、ほぼ」
「そっか。道理で、いつも電話に出ないわけだ」
年度末を翌月に控え、仕事が忙しかったのは事実だ。年明けからこちら、僕はノー残業デーの水曜日以外、21時より早く帰宅できたためしがなかった。一方の彼女は、シフトの都合上水曜日はいつも遅番で、退勤が23時を回る。
普通のサラリーマンをしている僕と、駅ビルのアクセサリー・ショップで雇われ店長をしている彼女の生活は、ここのところずっとすれ違いっぱなしだった。
「いや、いいよ。おかげでコーヒーが少し飲めたから」
「猫舌だもんね、ケイくんは」
そう言って彼女は僕の向かいに座る。ボックス席に座れてよかった。飲食店で、小さなテーブルで椅子に座って向かい合うのを、彼女は嫌っていたからだ。テーブルの上が手狭なのがなんとなく気詰まりなのよ、とよく零していた。
僕は小さなテーブルで彼女と向かい合うのは、なんとなく心のうちが見透かされるようであまり好きではなかった。
だから、彼女の言葉を聞き入れるいい彼氏のふりをして、こうしてできる限りボックス席を選んで座ってきた。
彼女の目配せに気付いた店員が、オーダーを取りに来た。ホットのコーヒーを、という短い注文に、店員はかしこまりました、と頷いて下がる。
「久しぶりね。元気だった?」
「うん。仕事はちょっと忙しかったけど」
「残業ばっかり?」
「水曜日以外は、ほぼ」
「そっか。道理で、いつも電話に出ないわけだ」
年度末を翌月に控え、仕事が忙しかったのは事実だ。年明けからこちら、僕はノー残業デーの水曜日以外、21時より早く帰宅できたためしがなかった。一方の彼女は、シフトの都合上水曜日はいつも遅番で、退勤が23時を回る。
普通のサラリーマンをしている僕と、駅ビルのアクセサリー・ショップで雇われ店長をしている彼女の生活は、ここのところずっとすれ違いっぱなしだった。