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「ごめん。そっちは、どうだったの」
「1月は暇だったけど、2月からはバレンタインとホワイトデーが続くから。それプラス、卒業祝いとか入学祝いとかあるから、かき入れ時よ」
「お互い忙しいね」
「そうね。少しは一息入れたいけど、ね」そう言って彼女は、テーブルの影に隠れた左手に視線を落とした。

お待たせしました、と店員が彼女の前にコーヒーの入ったカップを置いた。店員はテーブルの隅の伝票差しにくるりと丸めたオーダー・シートを差すと、ごゆっくりどうぞ、と言い置いて去ってゆく。
彼女はコーヒーフレッシュに手を伸ばし、ぱきり、と封を開けてコーヒーフレッシュをカップに入れた。とろりとした白が、ブラックコーヒーの下に沈んでゆく。マドラーを回すと、あっという間に馴染んで薄茶色に変わっていった。
一口コーヒーを口に含ませた彼女は、こくりと喉を鳴らして飲み込むと、ゆっくりと唇を動かした。


「ねえ、ケイくん」
「なんだい」努めて平静を装って、僕は彼女の視線を受け止める。
「――別れよう、わたしたち」


予感はしていた。だからそんな言葉を口にした彼女を、僕は驚くほど冷静に見つめていた。
最後のデートは2か月前、クリスマスだった。奮発してちょっとお高いレストランでディナーをして、プレゼントには彼女の好きなブランドのネックレスを贈った。彼女は僕に、キーケースをプレゼントしてくれた。
ありふれた恋人同士のクリスマスだったし、そこには確かに幸せな二人の構図があったはずなのだけれど、どこかでそれを他人事のように感じている自分もいた。
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