白雪と福嶋のきょり
：５月２９日

０８：１７

雨と夏の匂いを含んだ風が鼻孔を擽った。

その風につられ窓へと眼界を移せば、鬱陶しそうな顔で佇む熱気の向こうで、切り取られた空がいくつも並んでいた。

手が届きそうな浅い青の中で風が泳いでいる。

けれど、こんな熱気の奥ではすぐ近くにある様に見える青にも、泳ぐ風にも触れる事は出来ず。

今の風は幻だったのか。それとも熱気の中で湧いた願望か。一度瞼を閉じて巡る思考を止め。

眩しすぎる季節へと久しぶりに思考を寄せてみる。

(夏か、)

過去の夏を回視すると、次第に表情から温度が無くなっていくのが感覚で分かる。

その下降具合は、まるであの夏へと速度を増しながら坂道を下る水の様だ。

行き着いた先でぶつかり跳ね飛んだそれのあまりの冷たさに、僅かに温度が戻る。

近頃は失う事を恐れて失った夏を通り過ぎ、更に速度を増してすぐ先で待っている夏でぶつかる事も多くなった。

こうして思い出す事自体少なくなった。


もうずっと、同じ夏の中で過ごしているからだろう。
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