みんな、ときどきひとり





赤ん坊の鳴き声が母のいる病室に響き渡っていた。

わたしはまだ小さくて、母が抱っこする弟という生き物を興味深げにベッドの横から見つめていた。

「優菜ちゃん、弟だよ。大くんって言うの。仲良くしてあげてね」

「弟?大くん?」

「そうだよ。大くん。可愛いでしょ」

とっても小さくて、もみじみたいな手をぎゅっと掴んだ。

ぎゃあぎゃあと、鳴き声はさらに大きくなり、小さなもみじはわたしの手からするりと抜けた。

「よしよし。おなか空いたんでちゅかぁ?」

今まで見たことのない穏やかな表情の母。

「ママ。大くん可愛い?」

「可愛いわよ。とっても可愛い」

母は弟の頬にキスをした。

「優菜、大好きな人との子供はね、宝物なのよ」

「宝物?」

「そう。だから、大切なの」

「大切?」

「そう」

「宝物は、大切」

一音一音区切って確かめるように、呟いた。

たからもの。

キラキラのあかやみどりのほうせきとおなじってことなのかな。

たからものはたいせつなのかな。

だいすきなひととのこどもはたからもの。

ゆなは、きっとたからものじゃないから。

ママは、ゆななんかいらないんじゃないのかな。

だいくんがいるから、ゆなはいらないんじゃないのかな。

「ママ、だいくんはゆなのたからものだよ」

だから、すてないでね。

ママとパパとたからもののだいくん。

ママとパパとだいくんの3にん。

かぞく。

ゆなはどこにいるんだろ?

もみじの手は母の襟元をぎゅっと掴んでまた、眠りの世界へ落ちていった。

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