みんな、ときどきひとり

病室の前のソファの前を通ると、座っていた母が力のない声で「あんた、何を話してたの?怒鳴り声みたいのが聞こえたけど」と言った。

「別に怒鳴ってないよ」

「嘘、あんたの声だったよ。何してたのよ。顔見るだけって言ってたじゃないの。大になんかした?」

勢いよく立ち上がると、わたしの襟元を両手で引っ張る。

「だから、なにもしてないってば」

「嘘よ。なにかしたでしょ」

「嘘じゃないってば!お母さん、大に過敏すぎるよ!」

その手を無理矢理掴んで、離した。

「過敏って。親として普通よ」

「そう。じゃあ、大に訊けばいいよ」

わたしのことを信用してくれないなら。最初から、わたしに訊かなければいいのに。

大の病室の前を立ち去りたくて、ロビーへと、足を向かわせた。

だけど、「待ちなさい」と、母が後ろから追ってくる。

「先、帰るから。大のとこ行ってあげなよ」

思わず早足になる。だけど、歩きなれない草履のせいで母にすぐ追いつかれて、肩を掴まれた。

「待ちなさい。なんで、わたしの言うこと聞かないの。最近、変よ、あんた。怒りっぽいし。昔は、なんでも言うこと聞いてくれるいい子だったのに」

なにそれ。そっか。そうなんだ。本当にそれだけなんだ。

母にとって、わたしは、それだけなんだ。

わたしのことを心配して、追ってきてくれたんじゃないんだ。

母の言うことを聞かなくなったわたしがおかしいから文句を言う為に追ってきたんだ。
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