みんな、ときどきひとり
腕を降ろして、口を閉ざし沈黙する。
わたしもなにも言わずに彼が口を開くまで、壁に貼ってあるポスターを読むわけでもないのに、しばらく見つめて待っていた。
「母親のこと、思い出してました」
「あ」
病院だからかな。
お母さんが転落死したって言ってた。
その日のこと思い出していたのかな。
病院でお母さんが亡くなったのかな。
それとも、また違う思い出なのかな。
訊いたくせに、なにも言えないわたし。情けない。
彼のこと、知りたいとか言っておいて。
「母親に、目が笑ってなくて気持ち悪いって言われてから、笑うことが恐くなった」
「え?」
「そんなんだから、母親との思い出は、あまり振り返りたくないです」
そう言うと彼は腰をあげた。
わたしは一瞬、彼の気持ちの中に入った、錯覚を憶えた。