みんな、ときどきひとり
小さな君を

病院を出て、時計に目をやると20時30分を過ぎていた。

「花火大会、終わっちゃったね」

「そうですね」

彼は、小さく頷いた。

さっき電話で呼んだタクシーはまだ来てはいなかった。

「今年、花火大会一回も行ってないし。なんかぱぁーっとしたかったのにな」

せっかく浴衣着たのに、これだし。

「花火でもします?」

水城くんは言った。

「えっ?」

「手持ち花火」

「するっ」

即答だった。水城くんからそんな言葉を貰えるなんて思いもしなかった。でも、用事あるって言ってたけど、大丈夫なのかな。

「タクシー来ましたよ」と、彼は振り返った。

その姿を見ると、胸が締め付けられるよ。

今日だけは。

ずるいかもしれないけど。

わたしは、ずるいかもしれないけど。

最後かもしれないから、こんな夏の夜を過ごさせて下さい。

いつか、忘れるから。

今日だけは……。



タクシーに乗り込み、最寄りの駅のコンビニの前で降りた。

駅前には、まだお祭りのあとの賑やかさが残っていて、浴衣を着た人たちが、電車を待っていたりした。

「ねえ、花火のセットあるよ」

コンビニの花火コーナーではしゃぐ。色々あって迷ってしまうけど。

「じゃあ、これにしますか」と彼が言うと打ち上げ花火が入った2、3人用の小さな花火セットを手にした。
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