それでも君が必要だ
3人目の婚約者
車から降りて空を見上げると、美しい夕空が広がっていた。
藍色の空と薄雲に映った紅色の織り重なった夕闇があまりにも綺麗で、思わず息をのんで立ち止まる。
「ボサッとするな!」
父の大声にビクッと振り返ると、吹き付けた秋風が思いのほか冷たくて小さく身震いした。
料亭の入り口へと続く竹垣の小路を父の後ろについて歩く。
石畳に響くコツコツと乾いた靴音も、普段なら耳に心地いい音なのに、今日は緊張を高めるだけ。
またこの料亭に来るなんて……。
立派な門構えも柔らかい灯りも私たちをしっとりと出迎えてくれるけれど、これからこの建物の中で待ち受けている出来事を思うと、私は自分がどんどん小さく縮んでいくのを感じた。
ここは毎回私が婚約者と初めて会う場所……。
今日、私はここで三人目の婚約者に会う。
この婚約もきっとすぐにダメになるだろう。
過去にも二人の婚約者がいたけれど、その人たちとはいずれも破談になった。
婚約を破棄するのは父。
突然の婚約も婚約破棄も、全ては父が取り仕切っている。
私はただ言われるまま、従うだけ。
「お見合い」なんていうものでもなく、最初から顔も名前も知らない人と「婚約」が決まっているなんて、今どき普通でないことはわかっている。
でも、口答えなんてできない。
そんなことをしたら、父に何をされるかわからない。
だから私は何も考えず、ただ言われた通りにするだけ。
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