それでも君が必要だ

そんなのいけない。

この人から離れないといけないのに。

恋なんて、そんなの絶対にダメなのに。

……違う。
これは恋なんかじゃない。

そんなわけがないもの。

落ち着こう。
一回落ち着こう。

目を閉じて大きく深呼吸してからゆっくりと目を開けたら、智史さんが心配そうにこちらを見ていることに気がついた。

ハッと見上げたら黒い瞳と目が合って、ドキッとしてまた急いでうつむいたら、覗き込まれて息を潜めた。

「大丈夫?」

大丈夫って言葉……。
その言葉、本当に優しい響き。

そんなに優しい言葉を口にされるとキュンとして胸がつまる。

「……大丈夫、です」

「俺はね、本当に君を帰したくないと思ってる」

またそんな台詞。
どこまで本心なの?

「……とは言っても、お父さんの手前、今日は帰らないといけないね」

「……」

今度は急に冷静な口調。

帰したくない、なんて言った後すぐにそんなことを言われたら、突き放された気持ちになる。

キュンとしたり落ち込んだり。
気持ちが揺れて、胸が痛くて耐えがたい。

智史さん、それはどういう意味で言っているの?

帰したくない、なんて本当に思っているの?
お父さんの手前、なんて何か父への作戦でも企んでいるの?

私には智史さんの考えていることが全然わからない。

その言葉の意味するところ。
そのしぐさの意図。
黒い瞳の見つめる先。

考えても考えても、わからない。

……。
わからない。

わからない?

本当に私、わからないのかな?
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