それでも君が必要だ
大丈夫。
この人はおかしなことなんて考えない。
だって、私みたいな不細工、本当は全然興味がないのに仕方なく誘ってくれただけだもの。
「それなら安心して任せられるな」
父はニヤリと笑い、副社長さんは黙ってうなずいた。
和解したのは会話をしている表面だけで、その後もずっと父と副社長さんの間には冷たい空気が張りつめたまま。
それから次々に仲居さんが煮物やお吸い物、見たこともない珍味を運んできてくれたけれど、私は一つも手を付けなかった。
食事の間、柴田専務は大きな声で父に話しかけゲラゲラと笑い、社長さんと副社長さんは顔を寄せて小声で何かを話していた。
私は皆さんが手元に置いているグラスにだけ集中して、グラスが空きそうになったらすぐに立ってそばに行き、ビールやお酒を注いだ。
そばに行ってお酒を注いでも小さく頭を下げるだけの副社長さんとは対照的に、社長さんは私がそばに行く度に何かを言いたそうな顔をして見上げたけれど、私はその表情には気がつかないふりをして微笑みかけた。
この社長さんは私がお嫁に行って娘になることを歓迎してくれるようなことを言ってくれた。あんなことを言われたら本当に心から嬉しいけれど……。
私はこの人の娘にはなれないだろう。
だって、時が来たら父はまたこの婚約も破棄してしまう。
父はシジマ工業からスイ技研に必要な部分だけを吸収したら、婚約を破棄して社長さんや副社長さんを切り捨ててしまうだろう。
社長さんや副社長さんは何も知らないの?
本当に私が志嶋家に嫁ぐと思っているの?
それとも……本当に嫁げる?
ああ、もう。
考えちゃダメなのに、やっぱりいろいろと考えてしまう。
何も考えないように、何も感じないようにしてきたのに、さっきは社長さんの優しさを感じて心が揺れてしまった。
さっきの涙は誰にも気がつかれなくて良かったけれど。
こんなのダメ。
私、傷つきたくない。
だからもう考えない。
何かを感じてはいけない。
そっと目を閉じた。
何も考えなければ、何も感じなければ、傷つかなくて済むもの。