それでも君が必要だ
最後に上品なお茶漬けとお漬物が出てきて、それを見たら急激にお腹がぐうっと空いてきた。
でも、じっと我慢。
空腹に耐えつつやっと会食が終わると、柴田専務が赤ら顔でご機嫌に大声を出した。
「部長!我々も身を引き締めて参ります!シジマ工業の命運がかかっておりますので、どうぞどうぞ、よろしくお願いしますっ」
「こちらも精一杯やらせてもらうよ。それから智史君、娘のことをよろしく頼むよ」
「はい、おまかせください」
ほんの少し会話をするだけで父と副社長さんの間には冷気が漂うから、見ているこちらの方がドキドキしてしまう。
柴田専務も社長さんも赤い顔をしているのに、副社長さんは全然顔色が変わらない。あんまり飲んでいなかったからかな?
皆さんが立ち上がったから、私も一番最後に部屋を出ようと立ち上がった。
最初に父が部屋を出て、まとわりつくように柴田専務が後を追い、その後に社長さんが出て、最後に副社長さんが出口に向かった。
部屋を出る副社長さんの背中を後ろからこっそりと見上げる。
後ろから見る立ち姿も素敵……。
それに本当に背が高い。
私の視線は副社長さんの肩よりも下だもの。
そんなことを思って見上げていたら、いきなり副社長さんがクルッと振り返ったから、ビックリして声を出しそうになった。
「シー……」
副社長さんは私の身長に合わせて少し腰を下げ、人差し指を唇に当てた。
さっきとは全然違う。
優しい瞳が私のすぐ目の前……。
黒く大きな瞳。
どうしよう……。
すごく、ドキドキする。
息、できない。
副社長さんはそっと私の手を取り、唇に当てていた手をそのままゆっくり降ろすと、コロンッと何かを私の手のひらに置いた。
「見つからないようにね」
小声でそう囁き、すぐにまた姿勢を正して前を向いた。