それでも君が必要だ
……。
えっ?
また目の前に副社長さんの背中。
さっきと同じ光景。
あっという間の出来事に声も出なかった。
今のは幻覚?
ううん、違う。
温かくて大きな手の感触。まだ私の手の甲に残っている。
優しく包み込むように何かが置かれた手のひらを見ると、そこには油紙で四方形に包まれた薄茶色の物体が三個あった。
これは……、キャラメル?
「あっ、あの……」
私が後ろから声をかけると、副社長さんは少しだけ顔をこちらに向け、チラリと一瞥するだけで何も言わずにまたすぐ前を向いた。
父に気がつかれないように、ということ?
もう一度手のひらのキャラメルを見つめる。
副社長さん、私がお腹を空かせていると思って気にしてくれたの?
父の意図を無視して勝手に食べると怒られると思って気遣ってくれたの?
……そんな。
普通は私のことなんて誰も気がつかないのに。
私は嫌々押し付けられた婚約者でしょう?邪魔な存在のはずなのに、どうして優しくするの?
副社長さんの心遣いがじんわりと胸に染みて、喉の奥が痛くなった。
……でも、違う。
ダメ、違うの。
副社長さんは会社のためにこの婚約を受け入れたんだよね?
私に優しくするのは会社のため。
父の心証を良くするため。
だから、こんな優しいふりをしているんだ。
悲しいけれど、それが現実。
小さく深呼吸して気持ちを落ち着ける。冷静になれば涙も自然と引く。
優しさを感じてはいけない。
心が揺れると傷つくから。
父に見つからないようキャラメルをハンカチに包み、こっそりバッグに隠した。