それでも君が必要だ
「おいっ!氷!」
父の大きな声に一瞬で暗い台所に意識を引き戻された。
「は、はい」
グラスに氷を入れてリビングへパタパタと行くと、父はご機嫌でお酒を棚から出していた。
私が氷を入れたグラスをサイドテーブルに置くと、父はこちらを見てニヤリと笑った。
「次は必ずヤツをものにしろ」
「?」
どういう、意味だろう?
首を傾げる。
「ああっ!?わからんのか?どんくさい娘だ!腐っても女だろう?体でも何でも使って誘惑しろ。ヤツを落とせと言っているんだ!」
「!」
驚いて目を見開く。
そんな……。
何を、言っているの?
体でも何でも使ってなんて。
なんでそんなこと言うの?
前は触られたらダメだって言っていたくせに。
何が何だかさっぱりわからない。
それにあの副社長さんを誘惑するだなんて……。私なんかには絶対に無理。
私の驚いた顔を見て、父は鼻で笑った。
「ハッ、そんなに驚くことでもないだろう。価値がないなりにやれることをやれ」
……。
酷い。
酷いよ……。
腐っても女だなんて、価値がないなんて、酷いよ。私のこと、何だと思っているの?
……もしかして、本当は前の婚約者にどんな目に遭ったか、知っているの?
でも、今回ばかりは父の思い通りには進まないだろう。
だって、あの副社長さんは絶対に私には手を出さないもの。
副社長さんはとても真面目で誠実そうだった。
前の婚約者とは全然違う。
それだけじゃない。
何より、副社長さんは私になんて興味がない。
触りたいとも思わないだろう。
それに私には誘惑なんて、とてもじゃないけどできない。
でも私は父の望み通りの答えを言った。
「はい、わかりました。今日は失礼します。おやすみなさい」
頭を下げてそう言うと、父は機嫌が良かったせいかそれ以上は何も言わなかった。