それでも君が必要だ
川内さんがまた顔を近づけた。
「はあっ?もしかしてアンタ、私の間違いだって言いたいの?アンタ何様?」
「……すみません」
川内さんは大崎課長に向き直ると口を尖らせ、鼻にかかった猫なで声を出した。
「大崎かちょーう、また栗原さんがミスしてるんですけどぉ」
大崎経理課長はちょっと影があるけれど、社内でも人気のイケメン。
そんなイケメン上司に川内さんは聞いたこともないような猫なで声を出す。私に対する小声とあまりにも違うから最初はうんざりしたけれど、今はもう何も感じなくなった。
そんなの、気にしなければいいだけだもの。
大崎課長はチラッとこちらを見ると、面倒くさそうに「じゃあ直して」とだけ言った。
「かちょうっ!もっとちゃんと叱っていただかないと、つけあがります!この子遊びに来てるだけで、ぜんっぜんやる気ないんですから」
そんなこと、ないんだけどな……。
入社した時、私は経理のことなんて何も知らなかった。
それに、川内さんに睨まれたくない経理課の先輩からは何も教えてもらえなかったから、自己流だけれど本を読んだりして、私なりに一生懸命勉強した。
まだ毎日の業務についていくのが精一杯で、足を引っ張っているのかもしれないけれど……。
大崎課長は今度は少し通る声を出した。
「川内さーん!詳しいのはわかるけど、総務さんは経理に口出さないでちょーだい」
「えーっ!はあいっ!すいませーん」
チクチク、チクチク。
甲高い声で大崎課長に言いながら可愛く敬礼の姿勢をしつつ、川内さんのシャープペンの芯が私の肩を刺し、滑った芯が襟にビーッと線を引く。
私は入社当初から、他の女子社員が着ている水色の制服を買ってもらえなかった。
倉庫の奥に埋もれていた昔の紺の制服を支給されて着ているから、シャープペンの芯の跡は目立たない。
でも、だからって音がするほど服に線を書かないでほしいんだけど。