それでも君が必要だ
またも周りに聞こえぬようチッと舌打ちをして川内さんは離れていった。
大崎課長が川内さんを追い払うのは珍しい。
いつも見て見ぬふりなのに。
「ちょっとその伝票、見せて」
「……はい」
集めた伝票を大崎課長に渡し、小さな声で言った。
「すみませんでした。早急に修正します。えっと、科目はどうしたら……」
「うちでの取り扱いは『消耗品費』だから、このままで」
伝票に全く目を通す様子もなくペラペラとめくり、ため息混じりに大崎課長は言った。
やっぱり。
川内さん、わかってやったんだ。
「……では、印字し直します」
静かに席に戻り、小さく身を縮めて椅子に座り直す。隣の席の先輩はこちらをチラリと見ることもない。
川内さんが私を苛める理由はわかっている。
スイ電機は3年前にスイ技研の子会社になる前、川内電機という川内さんの叔父さんが経営する会社だった。
会社から叔父さんが去った後も川内さんは一人会社に残った。だから昔からの流れで、川内さんは社内に絶大な力を持つ女王様として今も君臨している。
誰も川内さんには口を出さない。
川内さんは父が川内電機から叔父さんを追い出してスイ技研の子会社化したことを恨んでいるし、そんな男の娘がコネで入社して働いていることも許せない。
その気持ちはわからないでもない。
でも、川内さんの苛めはあまりにも幼稚で子どもじみている。
仲間はずれな制服もそうだし、バッグを便器に捨ててみたり、服を裂いてみたり、昼食の席から追い出したり。
だからバッグや着替えはいつも手元に置き、昼食は一人外に出て食べる。
私だけ制服が違うことも気にしない。
気にしなければどうってことないもの。
父も私がスイ電機で働くと風当たりが強いことをよくわかった上で、無理やり入社させたんだと思う。
私に早く諦めさせて辞めさせるために。