それでも君が必要だ
広い玄関から磨き抜かれた廊下を通って案内されると、途中で目に映る細かくて美しい細工の施された欄間や障子にいつも見蕩れてしまう。本当に素敵な料亭。
案内された奥の部屋の襖が開くと、そこは明るく落ち着いた和室だった。
大きな座卓を介して向き合うように座椅子が用意されている。
またこの景色……。
前にも同じ景色を見た。
この座卓を挟んで、私はまた婚約者に挨拶をする。
……どんな人だろう。
父はいつも相手のことを詳しく教えてくれない。
また派手な人なのかな?
お喋りな人かな?
軽薄な人かな?
また嫌なこと……されるのかな?
はあ……何も考えないなんてやっぱり無理。
どうしてもいろいろと考えてしまう。
父に遅れぬよう後ろについて歩き、横に座ると父が静かに口を開いた。
「わかっているな?」
「はい」
うつむいたまま、すかさず返事をする。返事をするのに間が空くと父は機嫌が悪くなる。
父の言う「わかっているな」の意味は、気に入られるようにしろ、余計なことは言うな、父の会社のことは何にも知らないと言え、だろう。
前の婚約者もその前の婚約者も、父が何を企んでいるのか聞いてきたけれど、父に何も言うなと硬く口止めされていたから知らないと言い続けた。
でも、本当はなんとなくわかっている。
スイ技研のM&A推進担当部長である父は、私を使える時があれば使う手札の一枚として利用している。
父の勤めるスイ技研は重工業の最大手で、最近は企業の吸収合併に力を入れているらしい。
父のやり口は詳しく知らないけれど、私がカードとして駆り出されるのは思い通りに交渉に乗らない企業がターゲットの時だと思う。
でも、私にわかるのはここまで。
難しい交渉が私ごときとの婚約でうまく進むカラクリは、私には全然わからない。