それでも君が必要だ

敬語を使うなって言われていたのに、どうして私、言う通りにしなかったんだろう。
ちゃんと従うべきだったのに。

智史さん、またあの無表情な冷たい瞳になってしまう?
それとも……智史さんも、豹変する?

まばたきをして呼吸が乱れた私を見て、智史さんは繋いだ手を強く握り直すと切ない瞳をした。

「ごめん。冗談でも言うべきじゃなかったね。俺は怒らないから大丈夫。絶対に怒らないから」

「……」

「だから、安心してタメ口きいて?」

頭がついていかなくて、どうしてなのかはわからないけれど、智史さんの言葉に胸が痛くなった。痛くて思わず息を止める。

「敬語を使おうとするのは君の意思表示だから、それはそれで大切にしてあげたいけど、俺は君と普通に喋ってもっと君に近づきたい。俺のわがままなお願いごとだけど、わかってもらえるかな?」

優しくて、真剣な声。

やめて……。

私の意思を大切にしたい?私と近づきたい?
あなたは会社のために私と会っているんじゃないの?

何が本当なのかわからなくなる。

それとも本当に……。

……違う!
ダメ。これ以上考えたらいけない。

目を閉じて大きく息を吸ってからうなずく。

「はい」

「そこは『うん』でしょ?」

「……うん」

私がうつむくと、智史さんは「あははっ」と笑った。

「なかなか重症だね」

爽やかに空を見上げるようにそう言うと、智史さんは頭が混乱したままの私の手を引いて歩き始めた。

どういう意味かな?

ぼんやりしていたら流れるように切符を渡され、なんとなく電車に乗せられてしまった。
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