黒猫とさよならの旅
思い出そうとすると、記憶に墨をぶちまけられているみたいに真っ黒に染まる。私が、忘れた過去だから、思い出せないんだってことが分かる。
なんで、私は忘れたいと思ったんだろう。
だって、点数自体に問題はないはずだ。毎日勉強していたことだって思い出せる。なのに、私は、〝忘れたい〟と思ったことが、あるんだ。
思い出す必要は、ない。
だって私が忘れたいと思った記憶なのだから。そのほうが、いいと思ったんだから。忘れてしまえば気にせず過ごせる。不安に思うことも、憂鬱に思うこともない。
なのに。
疑問ばかりが浮かんで、気になってしまう。
思い出したくないし、思い出さないほうがいいと思っているのに、答えを探そうと記憶を必死に探っているのが、わかる。
「また、余計なことを考えてそうな顔をしてるな」
「っえ? そ、そんなことはない、けど」
猫に図星を付かれて、大げさなほど首を左右に振って否定をしてみせた。
けれど、猫は口をつぐんだまま。相変わらずただただまっすぐな視線を私に向ける。
黙ったまま人を見つめるのって、なんだかずるい。じいっと見つめられるだけで、謝りたくなってくる。
「なんで、そんなにじいっと見つめるの?」
「ぼくは、きみら面倒な人間にとって、都合がいいだろう?」
「どういうこと?」
「ぼくを見ていれば勝手に答えを出すだろう、きみらは」
なんだか会話が噛み合わない気がするんだけれど。
謎解きでもさせられているみたいに、黒猫の言っている意味がよくわからない。ふざけているわけでもなければ、適当に答えているというわけでもなさそうだから、なんか伝えようとはしているのだろう。
「……猫って、ずっと何考えてるかわかんないなーって思ってたけど、話せても、よくわかんないんだね」
「言うじゃないか。ぼくからすればきみのほうがわからないけどね。にんげんっていうのはみんなそうなのか?」
そうなのか?と問われても、なにを指しているのかわからないので返事のしようがない。「さあ、どうだろう」と曖昧に答えてみせると、
「きみはなかなか頑固だ」
と言われてしまった。
そんなの、初めて言われた。私が頑固に映るのであれば、猫から見れば人間はみんな頑固の塊に見えるような気がする。