黒猫とさよならの旅
目的もなく自転車を走らせるのは、初めてのことだ。ダークブラウンのいわゆるママチャリで、行けるところまで行ってみればいい。
どこまでだとか、いつまでだとか、そんなことはなにも考えたくない。ただひたすら、家と学校から離れたどこかに行きたかった。
空の果てを見に行くみたいに、ただ目の前の青色を追いかける。
……おばあちゃんの家の縁側でこの空を見上げたら、きっと、もっと、きれいに見えるだろう。
おばあちゃんとはここ半年ほど会ってない。いつもにこにこしていて、私の頭をなでてくれる、しわくちゃの優しい手。そしていつも、なにも言ってないのに、私の欲しかった言葉をかけてくれる、大好きなおばあちゃん。
車で行けば三時間ほどで行ける距離なのだから、自転車で行くことだってきっとできる。
私の住むこの辺も都会とは言えない場所だけれど、おばあちゃんの住む場所は田舎と、誰もが言うだろう。平屋ばかりの大きな家に、大きな庭。両脇に大きな田んぼがある細い道。空を遮るものは、山以外ない。そんな場所。
おばあちゃんの家に住み着いた野良猫たちは元気だろうか。今も、気持ちよさそうにおばあちゃんの膝の上や日当たりのいい場所で寝っ転がっているに違いない。
「うん、行こう」
小さく呟いて、固く決心する。
ぐいっと身体を起こして、全体重をベダルにかけた。
確かこの先には大きな川がある。川にそって西に向かえば、おばあちゃんの家の方に行けるはずだ。
行き先が決まると、一気に気持ちとスピードを加速させる。さっきまで顔に痛みを感じるほどに冷たかった風も、全く気にならない。寧ろ心地よさまで感じて、頬が緩んでしまった。
広い二車線の道路が目の前に広がっていて、それを超えると川が見える。
通り過ぎる車の助手席にいた女の人が、ちらりと私を見た気がして、気づかないふりをして前だけを見つめる。
確かに制服で、平日のこんな時間にウロウロしていたら怪しまれるだろう。あんまりひと目に付く場所は通らないようにしなくちゃ。
気が付くと、誰も彼もが私を見ているような気がして落ち着かなくなる。早くこの大通りを抜けてしまわなくちゃ。点滅し始めた信号を無視して走り抜けてすぐに細い道を選んで曲がった。
ハイツが幾つか並んでいて、その先には一軒家や空き地や田んぼ。まだ午前中だからだろう。あまり人は見えず、どこかで掃除機が稼働している音が聴こえる。
この辺の道を選んでいけば、誰かに見つかることもないだろう。
寒くて吐く息は真っ白だけれど、ほんのりと温かみを感じる太陽の光を感じてぐっと背を伸ばした。スピードを出してしまい乱れたマフラーを軽く整える。
突き当りに広がる青空と山が見えて、もうすぐ河原であることがわかった。河原に着いたら少し休憩しよう。落ち着いて足止めて、少しゆっくりしよう。