黒猫とさよならの旅
カバンを手にして、私ものんびりと彼の後ろをついていく。
なんで急にこんなところに立ち寄ろうと思ったんだろう。隅っこのドアのところでしゃがみこんだ壱くんの後ろに立って、そっと手元を覗き込む。なにをしているんだろう。
「……な、なにしてるの?」
「鍵開けてる」
取っ手とフェンスをつなげている南京錠を手にして、ガチャガチャと乱暴に動かしながら答えられた。鍵穴に何かを突っ込んでいて、眉をひそめながら開けようとしている。
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫かっつーと大丈夫じゃねえけど。別にいいだろ」
それ絶対大丈夫じゃないじゃない!
やめようよ、と声をかけようとしたとき、カチン、と軽快な音が聞こえて南京錠が外れたのがわかった。なにを使用して開けたのかと思えば、傍にあったのか、錆びた針金だ。
「器用だな、にんげんというのは」
「何十回もやったからな。まさかまだここにこの針金があるとはな。今も使われてんのかもなあ」
自分で開けておいて感心したような顔をして、針金を丁寧に傍にあった大きめの石の下に戻す。まるで、そこが定位置のようだ。
「……ここ知ってるの?」
「ああ、昔はここでサッカーやってたから。さっきの小学校に通ってたしな」
やっぱり、この辺を彼は知っていたらしい。
あの学校の校区に住んでいるってことは、私たちの通う高校まで通学するのに普通に考えればバスか電車だと思うのだけれど。なんで、壱くんは自転車なんだろう。毎朝何時間もかけて学校に来てる、とか?
疑問を感じながら、堂々と中に入っていく壱くんと黒猫の姿にただついて歩いて行った。
本当に大丈夫なのかと、緊張してしまう。防犯カメラとかに映っていて捕まったりしないだろうかと、きょろきょろあたりを見渡しながら中に入っていく。
広いグラウンドは学校の校庭のように、両端にサッカーゴールがあり、手前の方には野球のマウンドも見えた。さっきの小学校でこのグラウンドを使用しているのかもしれない。私たちの入ってきたドアの近くにはベンチが並んでいる。
「こんなに狭かったのか」
ぽつりとこぼれたような、小さな言葉だった。
懐かしむような気もすれば、どうでもいいのか感情の篭っていないただの感想のような気もする。顔を上げて壱くんの表情を見ても、それはわからなかった。
「昔、よく来てたの?」
「んー、まあ」
曖昧な返事をしながら、忘れ去られたようにぽつんと隅っこに転がっていたボールを、右足でひょいっと持ち上げる。まるで、ボールに紐がついてるんじゃないかというほど軽やかに浮くそれは、マジックのように見えた。
壱くんが動かしているのは右足だけ。
脚だけで、こんな、舞うようにボールが動くなんて、信じられない。
ポンポンっと飛んでは落ちる。あさっての方向に飛んで行くこともない。ただ、真上に浮かんで真下に落ちる。彼は一歩も同じ場所から動かない。