黒猫とさよならの旅
猫も私と同じようにボールに合わせて目を上下に動かして見つめている。
ひげを前の方にぴんと伸ばすように顔と目を同じように動かす。おしりをムズムズと動かし始めた、と思ったら、突然びょんっと跳びかかってそのボールを跳ね飛ばして追いかけていった。
「あーあ。なにすんだお前」
口では文句を言いつつも、特に気にした様子を見せない彼は、本当に不思議な雰囲気がある。
黒猫は黒猫で、本能のまま動いているのか彼の声は聞こえていない様子でひとりボールを追いかけて走り回っていた。
「サッカー、してるの?」
「昔ちょっとな」
ちょっとしただけでそんなにうまくなるなんて。すごいなあ。
「今はしてないの? 上手いのにもったいない」
「俺より上手い奴なんて数えきれないほどいるよ。プロなんてすごいしな」
「プロと比べたらそうかもしれないけど……」
「プロになれるわけでもねえんだから、する必要ねえだろ」
そう言った彼の顔は、ずっと猫を見つめている。
ただ、純粋にボールとじゃれる猫は、子どもみたいに可愛く見える。けれどそれも次第に飽きたのか、突然追いかけるのをやめてその場で身体を舐め始めた。それでもボールが気になるらしく、時々動きを止めてボールをじっと見つめたりする。
プロになれないかもしれないけれど、あんなふうにボールと遊んでいたっていいんじゃないかな。だって、上手いんだから。それで十分じゃないのかな。
「私、バレー部だったけど、もっとヘタだった」
「へえ。まあ、お前運動出来なさそうだもんな」
「……その通りだけど……三年間補欠にもなれなかった、し」
そんなに運動できなさそうかなあ。
苦笑交じりに答えると、「よく三年も続けたな」とあっさりと言われてしまって、思わず顔をあげる。
せめて、バカにしているような笑い顔だったり、呆れたように顔を歪めてでもいてくれれば、私も少なからずなにかを言えたかもしれない。けれど、彼は相変わらず、淡々とした口調と同じような、ただ、純粋に感想として述べているような無表情に近いもので、私は言葉に詰まってしまう。
どういうつもりで、その言葉を発しているのかわからない。
だから、私は彼にどういう感情をぶつければいいのかがわからない。
ただ、唖然と彼を見上げていると、やっと顔が私の方に向けられる。
「好きだったの? バレー」
こんなふうに、疑問をぶつけられるのは、出会ってから初めてで驚きつつも「うん」と返事をすると
「ヘタなのに?」
と、心底不思議そうな表情をされてしまった。