黒猫とさよならの旅
いや、まあ、そうなんだけど。自分でもよく続けたなあと思うところもあるし。
レシーブは毎回ちゃんと返すことが出来なかったし、アタックは成功した試しがない。走るのはそこまで遅くはなかったし、ランニングで人一倍時間がかかるなんてことはなかったけれど、ボールの扱いは誰よりも下手くそだったと思う。
頑張っていたんだけれど、その先にうまくなるとか、ましてやレギュラーに選ばれるとかを想像したことはない。万が一選んでもらえたとしても、不安で仕方ないくらいには、ヘタの自覚があった。
そんな私が続けていたのは、どうしてなんだろう。
「友達が、いたから」
ふっと浮かんだのは、美和子の姿だった。
まるで身体がバネにみたいに縮こまってからぐんっと高く飛ぶ姿をみるのが好きだった。細い手がボールの芯を叩いて床に落ちるのはかっこよかった。
あんなふうになれたらいいなと思った。
「ふーん、友達か」
納得したのか、していないのか。また顔をそらして猫の方に歩きながら壱くんが口にする。私もなんとなく、のんびりと彼のあとをついて歩いた。
黒猫はリラックスしたような体勢で横になり、顔をぐんっとそらして私たちを見つめていた。ボールにはすっかり興味をなくしたらしい。けれど、壱くんがさっきと同じように脚で魔法のように扱うと、また耳を立ててそちらに意識を集中させる。
私も彼の方を見つめながら黒猫のそばに腰を落として、そっと撫でた。空気は冷たいけれど、黒猫の身体は温くて触れているだけで安心感を私に与えてくれる。
懐かしい気持ち。だけど、切なくもなった。
「……友達は、うまかったんだよ、すごく。一年からレギュラーに入ってて、三年ではキャプテンまでしてて。今も、頑張ってるの」
ポーン、とボールの跳ねる音が聴こえる。
リフティングっていうんだっけ。脚でボールを蹴り続けるやつ。ただ、さっきと違って脚を交互に使っていた。ボールはさっきよりも高く舞う。
美和子がバレーボールを扱う時も、あんな感じだった。両手を固く結んで、高く上げる。それはいつも美和子の思う場所に飛んでいった。私は、毎回くじを引いているみたいに検討もつかなかった。
「だから?」
「……え?」
そっけない、思っていた以上に冷たい声が返ってきて、ボールを見ていた視線が揺れたのが自分でわかった。