黒猫とさよならの旅
次の日の自転車で来た道を戻り、家についた私を、両親と姉は笑顔で迎えてくれた。
私は何度も謝って、両親も、姉も、何度も謝って、暫くの間みんなが頭を下げあっている状態になって、思わず笑ってしまった。
美和子とも、その番久々にふたりきりで顔を合わせて話をすることが出来た。
『好きな人がいるのバレバレなのに、ウソつかれたのがいや。いるけど言えないとかにすればいいのに、ウソはいや』
と、ハッキリ言われた。
彼氏への告白の件については数日で気持は収まったんだ、と笑って終わってしまったので拍子抜けしたけれど、結局私も美和子も、すれ違う方向に意地を張って頑張っていただけだったんだとわかって、ほっとした。
自覚が微妙だったから、と昨日初めて人に報告すると、今まで喧嘩していたのが幻だったんじゃないかと思うほど恋愛話が盛り上がってしまった。おかげで今日は少しだけ睡眠不足だ。
まだ、いろんなことが一気に解決した、というようなことはないけれど、少しだけ、頑張る元気がみなぎっている。少しずつ、そんな感じに変わっていけたらいいな、と今は思う。
「まあ、よかったな」
「……うん」
まるで、この前のように隣を並んで走っていると、妙に落ち着かない気持ちになる。
「俺も、頑張るよ」
「サッカー、するの?」
「そこまで考えてないけど。家事とかの分担を、まずは」
壱くんも、何かが変わったんだろう。
一緒に、いろんなことを出来る範囲で、頑張っていけたらいいなと思う。
できたら、彼がさっかしている姿を、ピッチを走り回る姿を、見てみたいなあ。いつか、いつかでいいから。
春の匂いのする風の中を通り過ぎながら、もしかすると、そう遠くないかもなあ、なんて根拠も何もないことを思ったり。
「なあ、ひとつ気になってんだけど」
神妙な顔つきで話しかけてくるから何事かと思えば、「ピアノってなに?」と意外な質問が飛んできた。
一瞬なんのことかと考えてから、黒猫の姿を思い出して「ああ」と小さく声を吐き出した。
「昔、飼っていた猫の、名前」
真っ黒の猫がいた。おばあちゃんの家に昔住み着いた黒猫の子どもで、家に引き取ったきれいな黒猫。