遥か~新選組桜華伝~
「土…方さっ…うわぁああんっ!」
張り詰めた糸が切れたように、声を上げて泣き出した。
幼い子供のように、俺の着物を強く掴んで離さない。
遥が弱さを見せたのは、後にも先にも、このときだけだった──。
しばらく泣き続けて、遥はそのまま腕の中で眠ってしまった。
起こさないように、そっと抱きかかえ、池田屋の外に出る。
あんなに騒がしかった夜が、嘘のような静寂。
月明かりが、遥の寝顔を照らしている。
そっと顔を近づけて、囁いた。
「総司を守ってくれて、ありがとう」
……こうして、長い長い夜が終わった。
新選組は攘夷志士の恐ろしい計画を、未然に防ぐことに成功。
池田屋事件を通して、新選組の名は全国へと轟くことになる。
その勝利の裏で。
遥を抱きかかえた土方を、遠くから眺めていた男がいた。
金色の髪を風になびかせ、怪しい笑みを浮かべる。
最大の脅威がすぐ傍まで迫っていることに
土方も、沖田も……
そして遥自身もまだ気づいてはいなかった。