焦れ甘な恋が始まりました
―――― 蘭。
チラリ、と。
見えた家族の名前に良心が戒められ、揺れていた思考が一気に現実へと引き戻される。
「……余所見するなんて、随分、余裕だね?」
「っ、」
「このタイミングで、誰から電話が掛かってきたかなんて……知りたくもない」
「や……っ、社長……っ」
「杏を他の奴になんて……絶対に、渡さない」
それはまるで、一見すれば独占欲に濡れた愛の言葉に聞こえるけれど、所詮そんなの都合の良い錯覚で。
現実は、社長の胸に巣食う寂しさが、愛の種類を履き違えて執拗に私を求めているだけだ。
「……もう、俺のものになって」
「ん……っ、」
「誰にも……渡したくない」
そんな、社長の言葉に答えるように。
足元で震えていた携帯電話が、声を潜めた。