焦れ甘な恋が始まりました
 


「……杏?」

「……っ、ごめん、なさいっ」



その涙に気が付いた社長が、心の底から困惑したような声を出す。

それに精一杯返事を返せば、抱き締められていた手の力が緩められた。



「……ごめんなさいっ、でも、私は、」



社長の服を掴んでいた手を離して、自分の胸の前で強く握りしめる。


当たり前って、なんだろう。

普通って、なんだろう。


……私は、下條社長とこのまま身体を重ねてしまうことは、ごく自然の流れだと思ってた。


良い年をした二人なのだから、このまま抱き合うのは当たり前で普通のことだと思ってた。


でも……社長の腕から解放された今。

手の震えが……止まらない。


どんなに、年を重ねても。

どんなに、大人になったと思っても。


愛のない――――偽りの下で、好きな人と繋がるのは、とても苦しいことなのだと思い知らされた。

 
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