焦れ甘な恋が始まりました
「……はい」
「日下部です。先程のお電話の件で、参りました」
「……お待ちしておりました、どうぞ中へ」
「!」
ノックした扉の先。
始めに返事を返してくれたのは明らかに下條社長だったのに対して、扉を開けて顔を覗かせたのは彼の秘書兼運転手の立石さんだった。
立石さんはオールバックにセットされた髪と銀縁の眼鏡が印象的な、60代前半のおじ様……といった見た目の社員さん。
秘書課のない、うちの会社の唯一の秘書業務をこなす人で、現会長が社長を務めていた頃から会長に付き、秘書兼運転手をしていた謂わば我が社の古株さんでもある。
そんな立石さんと、こんなにも近くで見つめ合うのは初めてかもしれない……
目の前の、眼鏡の奥から覗くキリリとした目には、何もかもを見透かされてしまう気がして、思わず尻込みしてしまう。