オフィスにラブは落ちてねぇ!!
化粧室を出ると、マスターが笑って愛美を手招きした。

カウンター席には、さっきまではいなかった男性が座っている。

マスターが言っていた通り、シャワーをしてきたのだろう。

洗いざらしの少し長めの前髪から、スッと通った鼻筋と眼鏡の黒いフレームがのぞく。

横顔でもその端正な顔立ちがわかる。

(黒髪にメガネ…。タイプかも…。)

期待以上のその人の姿に、愛美の鼓動が少し速くなる。

マスターがその男性から少し離れた場所で、愛美に耳打ちをした。

「良かった、入れ違いにならなくて。やっぱり、もう一杯だけ飲んで行きなよ。」

「ん…うん…。」

愛美が少し緊張しながらその男性の隣の席に座ると、マスターが水割りをカウンターに置いた。

静かにグラスを傾けていたその男性が、愛美に顔を向ける。

愛美とその男性は、お互いの顔を見て大きく目を見開いた。

「政弘、彼女、うちの常連の愛美ちゃん。美人だろ?」

「え…?」

「えっ…えぇっ?!」

思わず声を上げた二人に、マスターが首をかしげた。

「あれ?知り合い?」

愛美はあまりの驚きで声が出ない。

(嘘だ…誰か嘘だって言ってー!!なんで?なんで支部長がここに?!…ってか別人?!)

「菅谷…。」

「か、か、帰ります!!」

慌てて席を立とうとする愛美の手を、緒川支部長が掴んだ。

「待って菅谷…。せっかくだから、一杯だけでも…。」

「いや、あの、でも…!!」

大嫌いなはずの緒川支部長の横顔に一瞬ときめいてしまった事で、愛美はパニックに陥っていた。

(ないない、有り得ない!!私はこいつが大嫌いなんだってば!タイプかもとか有り得ないからーっ!!)


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