オフィスにラブは落ちてねぇ!!
マスターはリンゴの皮を剥きながら話を続けた。

「アイツ、大学時代に親父さんが大病患ってさ。その時の保険屋の兄ちゃんが、めちゃくちゃ親身になっていろいろ気に掛けてくれたんだってさ。」

「へぇ…。」

「だから自分もそんな仕事がしたいと思って、今の会社に就職したんだって言ってた。営業向きの性格じゃなかったから、しばらくは苦しかったみたいだけどな。」

「そうなんだ。支部長にもそんな時代があったんだね。今では考えられないけど。」

マスターは皮を剥いて8つに切ったリンゴをお皿に乗せて、愛美の前に置いた。

「うちの親が作ったリンゴ。昨日送ってきたんだ。食べて。」

「ありがと…。」

愛美はフォークで刺したリンゴを口に運んだ。

「アイツ真面目で優しいからな。社長さんの事も奥さんの事もほっておけなかったんだろ。」

「私の事はほっといても?」

「ホントは愛美ちゃんに会いたかったと思うよ。仕事終わって電話しても繋がらないし、メールしても返信ないし、家まで行っても出て来てくれなかったって、めちゃくちゃ落ち込んでた。」

愛美はマスターの話を聞きながら、緒川支部長の切なげな声を思い出してため息をついた。

マスターはうつむいてため息をつく愛美を優しい目で見ている。

「少しだけでいいから、政弘の事許してあげたら?」

「…支部長も私の事、嫌いになったみたいだけど?」

「なんでそう思うの?」

「顔も見ようとしないし…それに、聞かれちゃったから。支部長に。」

愛美は金井さんとのやり取りと、それを緒川支部長に聞かれていた事をマスターに話した。

「“支部長みたいな人とは一緒になれないわね”って言われて、私は“そうですね”って言った…。ホントの事だけど…何て言うか…。」

「愛美ちゃん。確かに政弘はデートドタキャンしたけど…他の女と会うためとか、気分が乗らないとか、自分勝手な理由じゃないよ?」

「うん…わかってる…。こういう仕事だし、特にそういう時にすぐ駆け付けるのは当たり前だって、わかってる。でも……。」


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