月が満ちるまで
駅前には手入れをされた見事な花壇がある。
ボランティアで維持されている花壇をみるとなんだか嬉しくなる。
花はただ咲くけれど、そのきれいな姿は人の心を癒してくれる。
どんな名前か知らなくてもいい。花は気にしないだろう。
きれいだと思うだけで、その存在を近くに感じられる。
彼女が振り向いて、
「またね」
と言った。
「またね」
繰り返す。彼女に俺の存在を認めてもらえたことが嬉しい。
また会える。
それが嬉しい。
彼女と別れて自宅へ急ぐ。急な下り坂を立ち漕ぎで乗り切る。
体が軽い。
彼女のことを考えたら、どんな事でも頑張れる気がした。
自宅に戻り部屋には行かず、リビングへ向かう。
リビングにはパソコンが置いてある。電源を入れて、検索をかける。
上村松園
ヒットしたものから見ていく。
展覧会でなくても、作品を所蔵している美術館もあった。個人的な美術館もある。
ここならいつでも誘える。ほっと胸をなでおろす。
まったく彼女のペースだ。
ただ喜ぶ顔が見たくて
情けない
でもその倍は嬉しい
検索にかかったものを、スクロールしていく。
なかに、上村松園の紹介文があった。日本画で美人画というジャンルであること、師匠との間に子供がいること……40を過ぎてから年下の男性に振られたこと……
背中をひやりとしたものがつたう。
女性の芸術家は多くない。なぜか考えたことはなかった。
女性の料理人が少ないのは、女性特有の感情の浮き沈みや、日によって変わる体調の変化が味覚に影響を与えるから向かないと聞いたことがある。
生理はないからわからないけど、大変だなってのはわかる。
芸術という分野は、どれだけ男社会なんだろう。
その世界で生きてゆくのはどれだけ大変なんだろう。
松園の美人画に、彼女が重なって見えた。
そんなことない
気のせいだと思っても、もくもくと不安が広がる。
魔がさしたんだろうか。俺の知っている彼女はほんの少しだ。
いま彼女がどこに居て
なにを考えているかなんて、わかるわけないのに。