月が満ちるまで
花に風
電車で2駅、駅から自転車15分。
家から自転車で通えるのは、私立の女子高しかなくて…しかもかなりのお嬢様学校だった。
冗談で
「じゃ、働こうか」
そう言ったら、物凄い形相で睨まれた。
おばあちゃんは、電話をつかむと宣言した。
「あたしの目の黒いうちは、かわいい孫に苦労なんてさせるもんですか。風花が悪いんじゃない。バカ息子に電話して授業料をぶん取ってやるから」
暗記している番号を素早く押していく。
迷ったりしなかった。
コール音を聞きながら、さりげなく目頭を押さえた。
ありがたかった。
救われている。
いつも、いつも。
この人がおばあちゃんでよかった。
そっと腕をこする。おばあちゃんがいなかったら、わたしは生きてこれなかった。
今日はすごく会いたかった。どんなことがあったが聞いて欲しかった。
家につくと、明かりが灯っていた。
なんだか嬉しくて慌てて自転車を止めて、玄関に急ぐ。
平屋の小さな家。部屋だって二部屋しかない。
小さくて、こじんまりとしているから居心地がいい。
ドアを開けると、温かい湯気の匂いがした。
「ただいまぁ」
台所からひょこっと顔をだす。
なにかたくらんでいる笑み。
「お帰り。夕飯、何だかわかる」
嬉しそうな笑顔につられる。わかっていても、惚けてみたくなる。
「うーん…煮物かな」
「ブー はずれ。ほらっ、ほかにない?」
おばあちゃんは、体をゆすって期待している。
つい意地悪がしたくて、くんくん匂いをかいでみる。
「ねぇ、焦げないの、あんこ」
ぱっと笑顔を浮かべ
「わかってるじゃない」
そう言い置いて、台所に消える。
いそいそと靴を脱ぎ、荷物を置いて、着替える。
簡単に髪を結わえてから、台所へいく。
換気扇を回していても、あたたかな湯気に包まれていた。
蒸し器と大振りな鍋がガス台を占領している。
テーブルにはすり鉢。
見当をつけてのぞくと、蓬をすり潰してあった。
今日は、草餅らしい。
「風花、手ぇ洗って。もうすぐふけるから」
(方言?蒸しあがるという意味です)
「うん、いいよ。あんこはどう。小豆つぶしたいな」
「まだ、水っぽいかねぇ。風花、味見する」
流しで手を洗うと、しゃもじの先に小豆をすくってくれる。
ふうふう息をふきかけてから、手の平に乗せてもらう。
まだ熱い。
慌ててほお張ると、小豆の皮がほろっと崩れる。甘味はちょうどいい。
とはいえ、年寄りの味付けだ。普通より、うんと甘い。これに慣れたわたしには、お店のあんこは物足りない。
「うん、うん。いつもとおんなじ美味しいよ」
久しぶりの手作り。
うきうきしてくる。
目を細めて笑う、おばあちゃん。
「お父さんには、ないしょね」
誰かにないしょにしたくなる。
あんまり、幸せで。
言ってしまえば、幻のように消えてしまいそうで。
お父さんなんて、一年に何度も会わないのに。
それでも、いま二人で夕飯に草餅を食べるのはないしょだ。
二人だけの秘密だから。