月が満ちるまで
「それじゃ、もういいのね」
「ああ、今日はね」
金井先輩は、ふうっと息をついた。
気がつけば、俺も体に力が入っていて体が強張っていた。
今頃になって指先が震える…いや、わからなかっただけでずっと震えていたのかもしれない。
「風花、先帰っていいよ。僕はまだ用があるから」
「じゃあ先に行くね、行こう渡辺くん」
「…まだ許したわけじゃないからね」
金井先輩は目を細めている。
なにを、なんて聞かない。
俺たちの間には、まだ何もないから。
貨物列車が廃線になって、その軌道跡が遊歩道になっている。
学校からの帰り道には、ここを通るのだと教えてもらった。
朝は駅から近道して、通らないのだと。
たわいない会話だった。
それでも声が聞けるだけで嬉しい。
俺に話しかけてくれるのが嬉しい。
街路樹につつじが植えられていて、鮮やかなピンクの花をつけている。
自転車を押しながら並んで歩いているのが、夢みたいだ。
「…ありがとう。みんな柊兄にあおられると、逃げたり、無理やりイロイロ聞いてくるから嫌だったの。そんなことして付き合う人を分けたくなかったの」
「ずいぶん過保護だね」
「わたしにはおばあちゃんしか居なかったから、そう思ったのかも」
さらっとすごい事を言う。
「別に隠す気はないの。ただ興味本意に聞かれるのが嫌なの」
顔はまっすぐ前を向いていた。下を見たりしなかった。
「わたしの父親は、柊兄の父親の弟なの」
ちょっと考える間があいて
「いまは別に暮らしてる」
彼女はさらさらと話す。
なんでもない事ではないだろうし、迷いや葛藤があったのだとしても、さらさらした感情のしたに隠れてうかがえなかった。
ただ聞いていた。
どんな言葉も
どんな感情も
彼女の味わってきたものに比べたら
とるに足らないものでしかないようで
言葉がうかんでこなかった。
「…大変だったね」
それが精一杯で、あわててまばたきをした。
そして、明るい春の空を見上げた。
俺の惚れた彼女は…
やっぱり特別だった。
知りたい気持ちと、知ってどうできるのか…子供な俺にはわからない。
ただ、もし彼女が誰かそばにいてもらいたかった時に…
そばにいれたら、そう思った。