キスは目覚めの5秒後に
柔らかな日が差し込む綺麗なオフィス内に電話のベルが鳴り響く。
女子社員が応対する声を聞きながら、私はパソコンに向かってひたすらキーボードを叩いている。
私の為にゲスト用のIDカードが用意されていて、このオフィスには自由に出入りできるようになっていた。
大使館でパスポート紛失の届け出をして、渡航書の申請の仕方を訊いて来た私を待っていたのは、山のような書類だった。
『いいか。ここにいる間は、俺のことを上司と思え』
朝の優しい雰囲気とは違って、厳しい口調でビシッ!と言われた。
今は午後の2時。
男子社員は粗方出払っていて、オフィスには秘書と呼ばれる数人の女子社員と私と、橘さんがいるだけだ。
みんなビジネススーツを着ている中、私だけがジーパンにシャツというオフィスカジュアルとは程遠い格好をしている。
元々スウェーデンには遊び目的で来ているのだから仕方がないけれど、服をなんとかしたいと思ってしまう。
でも、そんなことはきっと我儘だ・・・というか、買ってくださいなんて口が避けても言えない。
「もうできそうか?」
橘さんが近寄ってきて、私の操るパソコンの画面を覗きこんだ。
「まだです。もう少し、あと30分待ってください」
「できるだけ早くしてくれ。あ、だが、正確に頼む」
「分かっています。間違えたりしませんから、大人しく待っていてください」
とはいえ、私は四苦八苦していた。
だって、普段扱い慣れない言語のパソコンで、元書類であるスウェーデン語を日本語に訳しながらまとめ作業をしているのだ。
まとめ作業なんて普通でも時間がかかる作業なのに、訳しながらなんて条件が加わればますます遅くなる。