危険な愛を抱きしめて
「坊っちゃん……!
 よく頑張りましたな!
 手術の成功、おめでとうございます!」

「……町谷」

 ほっとする日本語と。

 聞きなれた声に、目を向ければ。

 もう、ずっと長いことウチに勤めている使用人頭の町谷の顔が見えた。

 中年過ぎた、いかつい顔の目じりを下げて。

 目の幅はありそうな涙を、洪水みたいに流している。

 しかも、いつもの着物みたいな作務衣姿ではなく。

 学校の給食当番がするような帽子と上着をつけている所が、妙に似合って、笑えた。

 町谷は、思わずほころんだオレの口元を眺めて、嬉しそうに笑う。

「本当に一時はどうなるかことかと、肝を冷やしました。
 何しろ、手術が終わっても、坊っちゃんの鼓動が戻らないと先生に言われた時は。
 町谷のほうが生きた心地がしませんで……」

 よっぽど、心配だったらしい。

 放っておくと、町谷は、わからないことを、べらべらずっとしゃべり続けそうだった。

「……だから『坊っちゃん』は……やめろ。
 ここは、どこだ?
 そして、オレに何を……した」

 ようやく話す事ができたオレに、町谷は、真剣にうなづいて、言いやがった。

「ここは、シリコンバレーにある大学病院です。
 心臓病治療では、世界一、二を争う病院ですよ!
 坊っちゃんは、成功率50パーセントの手術に耐えたんです!!
 成功です!
 これで、回復したら、坊っちゃんは、普通の人と同じように。
 薬なしで動くことができるようになるんですよ!」
 
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