鈴木くんと彼女の不思議な関係

 開演のブザーが鳴る。今回の演目は恋愛コメディのようだ。主役の男女はそれぞれ恋人を見つけるために右往左往する。だが結局のところ、彼等が見ているのは、相手ではなく鏡の中のキメ顔の自分だ。
 ドタバタとしたコメディを部員達が楽しんで演じているのが見て分かる。一年前、演劇部にこんな一体感はなかったように思う。これも神井のおかげだとしたら大したヤツだ。多恵が惚れるのも無理はない。

 舞台の袖から、多恵が男子生徒と手を繋いで現れた。胸にチクリと小さな痛みが走る。

 ミニスカートをはいて、ポニーテールにした頭に巨大なリボンをつけて、舞台化粧を施した多恵の姿は、ぱっと見別人だ。なのに、何故だか俺には彼女がすぐに分かってしまう。小さな頭、薄い肩、伸びた背筋。くびれたウエストの下にある少し大きめの尻と太腿。大根脚。相手の顔を見るとき、肩をすくめる癖。胸にパットかなんかを詰めてるな。

 舞台の上で多恵が踊る。赤いミニスカートの裾が、ふわりとめくれ上がる。
「おっ。」
 思わず声がでてしまったら、清水に蹴られた。

 一年前。俺はあの子の一番近くにいた。誰よりも彼女に信頼されて、誰より濃密な時間を過ごした。思い出が一気に溢れて来て、胸がいっぱいになる。今でも誰より可愛い多恵。多恵の前方で神井もまた踊っている。

そうか。神井か。

俺は息を吐いた。

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