腹黒王子に秘密を握られました
「莉央は小さい頃から縁側のあの柱がお気に入りで、いつもあそこに背中をもたれて座って、楽しそうに本を読んでたのよ。友達と遊ばないことを心配したりもしたけど、この家の中で居心地のいいお気に入りの場所があるなら、それでいいかと思って」
そう言われて、私も縁側の柱に目を移す。
この家で一番日当たりのいい場所。
そこに立つ固くて強いケヤキの柱。
確かに小さい頃からなぜかこの柱がお気に入りで、そこにもたれかかって本を読んだり、美しい木目の模様を飽きもせず指でなぞり続けたりしていたっけ。
「この家は本当に暖かくて居心地がよくて、ここで育った莉央さんがうらやましいです」
「金子くんのご実家は?」
世間話のつもりで母がそうたずねると、金子は少し困ったように笑って首を傾げた。
「うちは実家も東京です。小さな頃に母を亡くしてずっと父と男二人で暮らしていたんですが、高校の時父が再婚することになってそれから家を出ました」
「そう、それは少しさみしいわね」
「もういい歳をした大人が人の家庭をうらやましがるなんて恥ずかしいですが、こういう田舎の地元とか賑やかな家族に縁遠かったので」
「じゃあ、ここを自分の田舎だと思えばいい」
それまで黙って聞いていたお父さんが、突然ぽつりとそう言った。
「いつでも遊びに来なさい。美味しい蕎麦を打って待ってるから」
「そうそう。お父さん、手打ち蕎麦をだれかにごちそうしたくて仕方ないんだから。だから、遠慮せずにいつでも来てくれたら嬉しいわ」
両親にそう言われ、笑いながら「ありがとうございます」と頭を下げる。
軽く酔いがまわってるんだろう。いつもよりも緩んだ柔らかい視線で私のことを見て微かに目を細める、はじめてみる金子の酔った表情はとろんと甘く優しくて、私は慌てて顔をそらした。
「わ、私……、Aコープ行ってくるっ!」
「なによ突然」
「だって、泊まるなら歯ブラシとか下着とか、買わないと……!」
「じゃあ、俺もついてくよ」
「いいっ、ひとりで大丈夫! お父さんの軽トラ借りるからね!」
金子と嬉しそうに話す両親を見て、どうしようもなく胸が痛んだ。