腹黒王子に秘密を握られました
十六時半。
定時が近づき、軽く事務所内を掃除していると、予定を書きこむホワイトボードの前に立つ金子が目に入った。
「金子さーん。これからどこか回るんですか?」
柴崎くんがそう言って、ペンを持つ金子の手元を見る。
不動産会社はお客様相手の商売だから、相手の都合や時間に合わせ、どんな時間でも商談が入ったりする。
きっとこれから金子も外回りに行くんだろうなぁと思いながら、私は各デスク脇のゴミを集める。
「これからちょっと抜けてそのまま直帰する」
「もしかして、西村さんのところに挨拶ですか?」
「挨拶っていうか、顔合わせ」
「へぇ、顔合わせって、結婚の挨拶みたいですねー」
なんて脳天気な柴崎くんの言葉に動揺して、手に持っていた小さなゴミ箱が滑り落ちた。
大きな音に、おどろいたように金子と柴崎くんが私のことを振り返る。
「どうした?」
首を傾げてこちらを見る金子に、思わずぽろりと言葉が出た。
「……これから、西村さんのご両親のところに行くんですね」
「あぁ」
なんでもないことのように頷かれ、ショックを受けている自分に気付く。
私の実家の玄関で、自己紹介をしながら頭を下げてくれた金子。
好き勝手なことを言うお母さんに、大口を開けて笑いながら頷く表情。
お父さんのお酌をうけながら、楽しそうに話す姿。
私の実家でくつろぐ金子を思い出して、どうしようもなく泣きたくなった。