今のままで
アインシュペナー
目を覚ますと泣いていた。
またあの頃の夢を見た…
『お父さん!これどういう事?私はお父さんとお母さんの子じゃ無いの?ねぇ?!』
『美寿々は私達の子だよ』
『うそ!戸籍に養女って書いてあるじゃい!私は誰の子?本当の事を教えて!』
お父さんは寂しそうな顔をするだけでなにも教えてくれなかった。
両親が事故で亡くなり冷たくなったお父さんとお母さんを今も忘れられない。
夢に出てくるお父さんとお母さんの顔はいつも寂しそうな顔をしている。
ごめんね…
カランカラン♪扉が開く
「すみませんまだ…なんだ郁斗か?」
帽子を深く被ってサングラスを掛けている見るからに怪しいこの男は幼なじみの小野寺郁斗
「美寿々お客さんに向ってなんだ…はないだろう?」
木下美寿々25歳 大学卒業後企業に就職が決まっていたが卒業間近に両親が交通事故で亡くなり両親が愛していたこのカフェ花水木を守りたくて内定を辞退させてもらいこのカフェを営んでいる。
「ハイハイすみませんね?でも営業前なんだけど?!」
営業は朝7時から19時、今は6時で開店準備を始めたところだった。
「はい、これ今月の家賃」と郁斗はカウンターに封筒を置く。
お店の上は賃貸マンションで私は大家でもある。
郁斗は今や売れっ子モデルでうちのマンションの住人。
「有難う。家賃引き落としにしたらいいのに?…」
「毎日ここに来るんだし良いじゃん?」
「私は良いけど?いつもので良い?」
郁斗はサングラスを外し帽子を取ると髪をクシャクシャとする。
この仕草が私は好きなんだよね…思わず見とれてしまう。
郁斗はいつもカウンターの一番左端の席に座る。
「たっぷりね?」
「はいはい…」
生クリームが大好きな郁斗にアインシュペナーを淹れる。
豆を細かめに挽き少し濃い目に入れる。
ほろ苦いコーヒーとクリームの調和を楽しめるように温めたグラスにコーヒーを注ぎザラメを入れる。
モデルの郁斗の食事に気を使っている私だがアインシュペナーの生クリームについては高脂肪の純生クリームを使う。
アインシュペナーはこのクリームの品質によって味が左右されると思うから。
通常よりたっぷりクリームを入れたコーヒーを郁斗の前に置く。
「こんなにクリーム入れるとうちのコーヒーの味分かんないと思うけど?」
私の父はコーヒーにはこだわっていて1杯1杯豆を挽きお客さんの目の前でドリップをしてお客様にもコーヒーの香りを楽しんでもらっていた。
そのためカウンター席しかない。
私も父の想いを引き継いで1杯1杯ドリップしている。
初めは上手く淹れれなくてお客様にも苦笑いされたが、常連さんに見守られ最近は『美寿々ちゃん美味しいよ』って言って貰えるようになった。
「そんな事ないよいい香りするし美寿々の淹れるアインシュペナー美味しいよ」
「まぁ良いけど…お腹は?空いてない?」
「ペコペコ昨日の昼おにぎり食べてから何も食べてない…」
出かける時に私が持たせたおにぎり?
「えっ?山下さん食べさせてくれなかったの?」
山下さんとは郁斗のマネージャーで郁斗はデビューの時からお世話になっている。
「美寿々の飯食べたかったから我慢してたんだけど昨日仕事終わったの27時でここ閉まってたから」
「そりゃー閉まってるつうの!てか寝てないの?」
「少し寝た美寿々のオムレツ食べたい」
「仕方ないな…ちょっと待ってて」
ハムと玉ねぎ、マッシュルーム…野菜を色々入れてオムレツを手早く作りサラダを添えて出す。
パンは焼きたてのクロワッサン。
「はいお待たせ」
「うーんいい香り美寿々のクロワッサン美味いもんな?」
「私のって言うより優里さんのだけどね?」
郁斗の従姉の優里さんは料理教室の先生をしている。
私がお店を継ぐ事になった時にいろいろ教えてくれたのだ。
「トマトも食べなさいよ?!」
「無理!」
「もぅ子供なんだから…」
「やっぱり美寿々のオムレツは一番だよ」と美味しそうに食べてくれるその顔を見るのが私の幸せ。
カランカラン♪
カサブランカの大きな花束が現れた。
「美寿々ちゃんおはよう」
花束の横から顔を出したのは私達の高校の先輩で嵯峨野悟司、都内に10店舗あるフラワーチェーンの社長の息子で近くの店の店長をしている。
「嵯峨野先輩おはようございます」
「美寿々ちゃん前にユリ好きだって言ってたでしょ?今日良いのが入ったからさ、お店に飾って?映えると思うから?」
「いつも有難うございます…」
差し出された花束を受け取ろうとしたら郁斗が横から花束を奪い取り不機嫌極まりない郁斗は「先輩バカか?」と言う。
「小野寺居たのか?お前先輩に向ってバカとは何だよ?」
「こんな香りのきつい花置けるわけないじゃん!コーヒーの香りが分かんなくなるじゃん?はい持って帰って下さい」と郁斗は嵯峨野先輩に花束を押し返す。
「嵯峨野先輩すいません。お店にはちょっと…」
いままで何度かお花を頂いているがお店に置くと郁斗の言うようにコーヒーの香りがぼけるので置いてない。
「ゴメン気が付かなかったよ…じゃ部屋に飾ってよ?」と再び花束を差し出す。
するとまた郁斗が
「美寿々は花粉アレルギーなの!花は置けないの!早く持って帰ってよ!」
えっ?私、花粉アレルギーなの?知らなかった…きょとんとしている私に郁斗は
「美寿々お前さ?ちゃんとアレルギーの事言わないから先輩がしつこく花を持って来るんだぞ?」
郁斗はしつこくを強調してるようだ。
「え?あっはいごめんなさい。…嵯峨野先輩せっかく持って来てくれたのにすみません…」
私は郁斗の嘘にのってしまった。
「そうだったの?知らなくてごめんね?」
嵯峨野先輩はがっかりして花束を持って帰って行った。
「郁斗?私いつから花粉アレルギーになったの?」
「知らない」
だよね?私も知らないもん。
「お前さぁあいつから花なんか貰って嬉しいの?」
「嬉しいとかじゃなくて…せっかく持って来てくれるのに断りにくくて…」
「あいつまだ美寿々の事諦めてないのか…」
郁斗は顔をしかめて呟く。
高校1年の夏バスケ部の2年先輩だった嵯峨野先輩に告白された事がある。
私には好きな人がいるからと断ったのだが、付き合っていないなら付き合って欲しいと結構しつこく交際を申し込まれた事を覚えている。高校卒業後は何度かお店に来てくれていたようだが私はその頃お店には出ていなかったので会ったことはない。
半年前この近所にお店をオープンさせて以来度々お花を持って来てくれる。
食事も誘われたりするが食事は断っていた。
「そろそろお客さん来る時間だな帰るか」
郁斗が雑誌にうちの店を『お気に入りのカフェ』と紹介してくれてから郁斗のファンの子達が来てくれるようになったけど、常連さんが『ゆっくり出来なくなった』って呟いていたのを聞いて郁斗は営業時間外に来るようになった。
「美寿々?俺、今日仕事休みなんだ夜飯食いに行こうな?じゃ寝るわ」
郁斗は再び帽子を深くかぶるとサングラスを掛け帰って行く。
「イクト!洗濯物玄関に出しといてよ!あとで取りに行くから」
「分かったサンキュー」
と右手を挙げて微笑んで自分の部屋に帰っていく。
郁斗の食べたお皿には1切れトマトが残っていた。
うちのマンションは南向きで日当りが良い。
私の部屋は最上階で陽を遮るものもないのでベランダでフルーツトマトを本格的なハウスで栽培している。
それを知っている郁斗はいつも嫌いなトマトを1切れだけは無理して食べてくれる。
「ウフフ今日も頑張ったね?」
郁斗の残したトマトを口に放り込む
「店を開ける前に私も食事済ませよう」
コーヒーを淹れているとカランカラン♪扉が開く。
「いらっしゃいませ」
「おはよう…」
「おはようございます。あれ美貴野さん早いですね会議ですか?」
鈴木美貴野さんはうちのマンションの住人で出版社に勤めている。
そして後ろから入ってきたのは体格の良い男性杉下辰次郎さんじゃなくて女性?のミチルさんこの人もマンションの住人。
「ミチルさんお帰りなさい」
「ただいまコーヒーね」
ミチルさんは駅前の雑居ビルで【夜の花園】というニューハーフのお店を出していて仕事帰りに必ず寄ってくれる。
「美貴野さんなんか元気ないですね?」
「美寿々ちゃんコーヒーテイクアウトで濃いのね?」
美貴野さんから水筒を渡される。
「朝方まで仕事してたの…眠たい…ふあーぁ…会議寝ちゃいそう」
美貴野さんは大きなあくびをする。
「あらー徹夜なんてしたの?若くないんだから気をつけなさいお肌荒れてるわよ」
ミチルさんは美貴野さんの頬を触って言う。
「うるさい!辰次郎もヒゲ生えてるわよ」とミチルさんの手を払いのける。
「辰次郎って言わないでよ!私はミチルよ!あんたいい加減覚えなさいよ!」
ミチルさんは口のまわりを両手で覆って怒ったように言う
「杉下辰次郎って素敵な名前じゃない?渋いおじさんって感じアハハ」
美貴野さんがいつものように笑う。
美貴野さん元気になったみたい?
毎度の掛け合いに笑う私は豆を挽きコーヒーを淹れる。
「美貴野さん朝ご飯食べました?」
「そんな時間ないよ…」と小さく首を振る。
「ちょっと待って下さいね?」
私は自分用に作っていたクロワッサンのサンドイッチを包んで紙袋に入れる。
「はい、美貴野さんサンドイッチ持って行って下さい。食事はちゃんと取らないとダメですよ?」と渡す。
「美寿々ちゃん私より年下なのにお母さんみたい。ありがとう。あっ時間だ行かなきゃ」
「いってらっしゃい」
「行って来ます」と美貴野さんは慌てて出てゆく。
常連さんが店を出る時に『いってらっしゃい』『行って来ます』が挨拶になっている。うちのマンションの住人は独身の人が多く『いってらっしゃい』って言ってもらえると元気がもらえると言ってくれる。
「今日も郁斗顔出さないみたいだし私も帰ってパックして寝るわ」
郁斗はさっきまで来てたとは言えない。
ミチルさんごめんね?ミチルさんは郁斗がお気に入りでいつも『郁斗素敵!郁斗会いたいわ』と言っている。マンションが同じ事は知っているが部屋まで押しかけたりはしない。『そのへんは常識ある大人よ!』と言っている。
「ミチルさんおやすみなさい」
またあの頃の夢を見た…
『お父さん!これどういう事?私はお父さんとお母さんの子じゃ無いの?ねぇ?!』
『美寿々は私達の子だよ』
『うそ!戸籍に養女って書いてあるじゃい!私は誰の子?本当の事を教えて!』
お父さんは寂しそうな顔をするだけでなにも教えてくれなかった。
両親が事故で亡くなり冷たくなったお父さんとお母さんを今も忘れられない。
夢に出てくるお父さんとお母さんの顔はいつも寂しそうな顔をしている。
ごめんね…
カランカラン♪扉が開く
「すみませんまだ…なんだ郁斗か?」
帽子を深く被ってサングラスを掛けている見るからに怪しいこの男は幼なじみの小野寺郁斗
「美寿々お客さんに向ってなんだ…はないだろう?」
木下美寿々25歳 大学卒業後企業に就職が決まっていたが卒業間近に両親が交通事故で亡くなり両親が愛していたこのカフェ花水木を守りたくて内定を辞退させてもらいこのカフェを営んでいる。
「ハイハイすみませんね?でも営業前なんだけど?!」
営業は朝7時から19時、今は6時で開店準備を始めたところだった。
「はい、これ今月の家賃」と郁斗はカウンターに封筒を置く。
お店の上は賃貸マンションで私は大家でもある。
郁斗は今や売れっ子モデルでうちのマンションの住人。
「有難う。家賃引き落としにしたらいいのに?…」
「毎日ここに来るんだし良いじゃん?」
「私は良いけど?いつもので良い?」
郁斗はサングラスを外し帽子を取ると髪をクシャクシャとする。
この仕草が私は好きなんだよね…思わず見とれてしまう。
郁斗はいつもカウンターの一番左端の席に座る。
「たっぷりね?」
「はいはい…」
生クリームが大好きな郁斗にアインシュペナーを淹れる。
豆を細かめに挽き少し濃い目に入れる。
ほろ苦いコーヒーとクリームの調和を楽しめるように温めたグラスにコーヒーを注ぎザラメを入れる。
モデルの郁斗の食事に気を使っている私だがアインシュペナーの生クリームについては高脂肪の純生クリームを使う。
アインシュペナーはこのクリームの品質によって味が左右されると思うから。
通常よりたっぷりクリームを入れたコーヒーを郁斗の前に置く。
「こんなにクリーム入れるとうちのコーヒーの味分かんないと思うけど?」
私の父はコーヒーにはこだわっていて1杯1杯豆を挽きお客さんの目の前でドリップをしてお客様にもコーヒーの香りを楽しんでもらっていた。
そのためカウンター席しかない。
私も父の想いを引き継いで1杯1杯ドリップしている。
初めは上手く淹れれなくてお客様にも苦笑いされたが、常連さんに見守られ最近は『美寿々ちゃん美味しいよ』って言って貰えるようになった。
「そんな事ないよいい香りするし美寿々の淹れるアインシュペナー美味しいよ」
「まぁ良いけど…お腹は?空いてない?」
「ペコペコ昨日の昼おにぎり食べてから何も食べてない…」
出かける時に私が持たせたおにぎり?
「えっ?山下さん食べさせてくれなかったの?」
山下さんとは郁斗のマネージャーで郁斗はデビューの時からお世話になっている。
「美寿々の飯食べたかったから我慢してたんだけど昨日仕事終わったの27時でここ閉まってたから」
「そりゃー閉まってるつうの!てか寝てないの?」
「少し寝た美寿々のオムレツ食べたい」
「仕方ないな…ちょっと待ってて」
ハムと玉ねぎ、マッシュルーム…野菜を色々入れてオムレツを手早く作りサラダを添えて出す。
パンは焼きたてのクロワッサン。
「はいお待たせ」
「うーんいい香り美寿々のクロワッサン美味いもんな?」
「私のって言うより優里さんのだけどね?」
郁斗の従姉の優里さんは料理教室の先生をしている。
私がお店を継ぐ事になった時にいろいろ教えてくれたのだ。
「トマトも食べなさいよ?!」
「無理!」
「もぅ子供なんだから…」
「やっぱり美寿々のオムレツは一番だよ」と美味しそうに食べてくれるその顔を見るのが私の幸せ。
カランカラン♪
カサブランカの大きな花束が現れた。
「美寿々ちゃんおはよう」
花束の横から顔を出したのは私達の高校の先輩で嵯峨野悟司、都内に10店舗あるフラワーチェーンの社長の息子で近くの店の店長をしている。
「嵯峨野先輩おはようございます」
「美寿々ちゃん前にユリ好きだって言ってたでしょ?今日良いのが入ったからさ、お店に飾って?映えると思うから?」
「いつも有難うございます…」
差し出された花束を受け取ろうとしたら郁斗が横から花束を奪い取り不機嫌極まりない郁斗は「先輩バカか?」と言う。
「小野寺居たのか?お前先輩に向ってバカとは何だよ?」
「こんな香りのきつい花置けるわけないじゃん!コーヒーの香りが分かんなくなるじゃん?はい持って帰って下さい」と郁斗は嵯峨野先輩に花束を押し返す。
「嵯峨野先輩すいません。お店にはちょっと…」
いままで何度かお花を頂いているがお店に置くと郁斗の言うようにコーヒーの香りがぼけるので置いてない。
「ゴメン気が付かなかったよ…じゃ部屋に飾ってよ?」と再び花束を差し出す。
するとまた郁斗が
「美寿々は花粉アレルギーなの!花は置けないの!早く持って帰ってよ!」
えっ?私、花粉アレルギーなの?知らなかった…きょとんとしている私に郁斗は
「美寿々お前さ?ちゃんとアレルギーの事言わないから先輩がしつこく花を持って来るんだぞ?」
郁斗はしつこくを強調してるようだ。
「え?あっはいごめんなさい。…嵯峨野先輩せっかく持って来てくれたのにすみません…」
私は郁斗の嘘にのってしまった。
「そうだったの?知らなくてごめんね?」
嵯峨野先輩はがっかりして花束を持って帰って行った。
「郁斗?私いつから花粉アレルギーになったの?」
「知らない」
だよね?私も知らないもん。
「お前さぁあいつから花なんか貰って嬉しいの?」
「嬉しいとかじゃなくて…せっかく持って来てくれるのに断りにくくて…」
「あいつまだ美寿々の事諦めてないのか…」
郁斗は顔をしかめて呟く。
高校1年の夏バスケ部の2年先輩だった嵯峨野先輩に告白された事がある。
私には好きな人がいるからと断ったのだが、付き合っていないなら付き合って欲しいと結構しつこく交際を申し込まれた事を覚えている。高校卒業後は何度かお店に来てくれていたようだが私はその頃お店には出ていなかったので会ったことはない。
半年前この近所にお店をオープンさせて以来度々お花を持って来てくれる。
食事も誘われたりするが食事は断っていた。
「そろそろお客さん来る時間だな帰るか」
郁斗が雑誌にうちの店を『お気に入りのカフェ』と紹介してくれてから郁斗のファンの子達が来てくれるようになったけど、常連さんが『ゆっくり出来なくなった』って呟いていたのを聞いて郁斗は営業時間外に来るようになった。
「美寿々?俺、今日仕事休みなんだ夜飯食いに行こうな?じゃ寝るわ」
郁斗は再び帽子を深くかぶるとサングラスを掛け帰って行く。
「イクト!洗濯物玄関に出しといてよ!あとで取りに行くから」
「分かったサンキュー」
と右手を挙げて微笑んで自分の部屋に帰っていく。
郁斗の食べたお皿には1切れトマトが残っていた。
うちのマンションは南向きで日当りが良い。
私の部屋は最上階で陽を遮るものもないのでベランダでフルーツトマトを本格的なハウスで栽培している。
それを知っている郁斗はいつも嫌いなトマトを1切れだけは無理して食べてくれる。
「ウフフ今日も頑張ったね?」
郁斗の残したトマトを口に放り込む
「店を開ける前に私も食事済ませよう」
コーヒーを淹れているとカランカラン♪扉が開く。
「いらっしゃいませ」
「おはよう…」
「おはようございます。あれ美貴野さん早いですね会議ですか?」
鈴木美貴野さんはうちのマンションの住人で出版社に勤めている。
そして後ろから入ってきたのは体格の良い男性杉下辰次郎さんじゃなくて女性?のミチルさんこの人もマンションの住人。
「ミチルさんお帰りなさい」
「ただいまコーヒーね」
ミチルさんは駅前の雑居ビルで【夜の花園】というニューハーフのお店を出していて仕事帰りに必ず寄ってくれる。
「美貴野さんなんか元気ないですね?」
「美寿々ちゃんコーヒーテイクアウトで濃いのね?」
美貴野さんから水筒を渡される。
「朝方まで仕事してたの…眠たい…ふあーぁ…会議寝ちゃいそう」
美貴野さんは大きなあくびをする。
「あらー徹夜なんてしたの?若くないんだから気をつけなさいお肌荒れてるわよ」
ミチルさんは美貴野さんの頬を触って言う。
「うるさい!辰次郎もヒゲ生えてるわよ」とミチルさんの手を払いのける。
「辰次郎って言わないでよ!私はミチルよ!あんたいい加減覚えなさいよ!」
ミチルさんは口のまわりを両手で覆って怒ったように言う
「杉下辰次郎って素敵な名前じゃない?渋いおじさんって感じアハハ」
美貴野さんがいつものように笑う。
美貴野さん元気になったみたい?
毎度の掛け合いに笑う私は豆を挽きコーヒーを淹れる。
「美貴野さん朝ご飯食べました?」
「そんな時間ないよ…」と小さく首を振る。
「ちょっと待って下さいね?」
私は自分用に作っていたクロワッサンのサンドイッチを包んで紙袋に入れる。
「はい、美貴野さんサンドイッチ持って行って下さい。食事はちゃんと取らないとダメですよ?」と渡す。
「美寿々ちゃん私より年下なのにお母さんみたい。ありがとう。あっ時間だ行かなきゃ」
「いってらっしゃい」
「行って来ます」と美貴野さんは慌てて出てゆく。
常連さんが店を出る時に『いってらっしゃい』『行って来ます』が挨拶になっている。うちのマンションの住人は独身の人が多く『いってらっしゃい』って言ってもらえると元気がもらえると言ってくれる。
「今日も郁斗顔出さないみたいだし私も帰ってパックして寝るわ」
郁斗はさっきまで来てたとは言えない。
ミチルさんごめんね?ミチルさんは郁斗がお気に入りでいつも『郁斗素敵!郁斗会いたいわ』と言っている。マンションが同じ事は知っているが部屋まで押しかけたりはしない。『そのへんは常識ある大人よ!』と言っている。
「ミチルさんおやすみなさい」
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