Engage Blues





 梨花にさえ伝えていない事実を口にする。
 おそらく、うっすらと感じてはいるだろう。

 言えなかったのは、目の前の虎賀さんを見ればわかる。


「まぁ……それは大変でしたでしょう」

「いえ。本来なら高校進学すら諦める道しか残されていませんでした。専門学校にも通わせてもらい、充分すぎるほどです」


 当たり障りのない虎賀さんの言葉をきっぱりと否定する。

 自分の境遇を不幸などと思ったことは一度もない。

 ただ……あの時、父が現れなかったら、今の自分はないと思うことはある。
 父という存在がいなければ、自分の未来は間違いなく変わっていた。


 母の葬儀で、父とは初めて顔を合わせた。援助を申し出た時は、怒りさえ感じた。

 今さら出てきて父親面をするのか、母を捨てた罪を軽くしたいのか。
 罵詈雑言をまくし立てようとする口を必死に抑えることで精一杯だった。


 けれど、多くを語りたがらない母に、訊ねもしなかった自分にも負い目がある。もしかしたら、父にも。

 せめて、仮初めのひと時でも彼女が愛した男性を知ろうと本家に入った。





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