Engage Blues
慣れない家での生活は窮屈で苦痛もあったが、それ以上に得難いものもたくさんあった。
父も、家を継げとか養育費を返せと要求することもなかった。
ずっと憧れていた菓子職人になりたいと告げれば、希望通りの進路を選ばせてくれた。
父の手を振り払っていた過去より、遥かに幸いだと言い切ることができる。
何より、今の自分でなければ、梨花とも出会えなかった。
不意にかすめる過去の感傷。
これからも消えることのない記憶を持て余していると、虎賀さんがおずおずと上目遣いに訊ねてくる。
「あの……失礼ですが、ご実家は政治や官僚に関する職業なのでしょうか?」
「? いいえ」
突飛な質問だなと思いながら、彼女がそれを訊いてきた真意を探る。
「俺の身元調査ですか?」
「えッ、いえ……そういうつもりでは」
「当然ですね。梨花の相手として俺は相応しくないかもしれません」
慌てて取り繕うとした虎賀さんは、きょとんとした顔つきになった。
本気で、俺の発言が理解できないようだった。
「どうして……そう思いますの?」
首を傾げた仕草は単純な好奇心のように見える。