Engage Blues





「慶さん」


 考えるよりも先に口から名前がこぼれてしまう。

 少し長めの黒髪に、感情を露わにしていない端正な顔立ち。
 シャツの上に軽くスタンドカラーのジャケットを羽織っている。
 キーケースを片手に、こっちを見返していた。

 どこか近場へ出かけるつもりだったのだろうか。

 予想外の早い対面に理解が追いつかない。
 わたしがボーッとしている間に、慶さんは無駄のない動きで歩み寄ってくる。


「転んだのか」


 彼の指が髪に触れてくる。
 絡めて梳く動きは自然すぎて、説明しようにもどもってしまう。


「あ……その、これは」


 じっと見下ろしてくる慶さんの瞳は揺るがない。

 ただし、身体のあちこちを点検するような視線で気付いた。
 怪我の有無を確かめられてる。

 きっとそう勘違いされるくらい、今のわたしの格好は汚れてるのだろう。

 さっきの子トラ兄弟とのいざこざのせいだ。
 まとめた髪はぐちゃぐちゃだろうし、服もあちこち汚れてる。


「はい。うっかり……さっき、そこで」

 本当のことが言えなくて、嘘をついてしまう。

 まさか、双子の大学生を撃退していたとは言えまい。





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