Engage Blues
ちっとも進展しない状況に落ち込みつつも、家には帰る。
マンションの一室の前で、深呼吸をひとつしてからドアノブに手をかけた。
中に入ると、廊下の先に明かりが見える。
ダイニングに向かい、キッチンを覗くと慶さんが後ろ姿があった。
「ただいま帰りました」
「おかえり」
声をかけると、振り向きもせずに返事をする。
ドアの開閉や足音でわかったんだろうけど、ちょっと不思議だった。
視覚情報に頼らず、人の移動を察知する。
勘の鋭い人っぽい反応だなと思う。
「早いな」
振り返った慶さんはオーブンのプレートを手にしていた。
部屋中には甘い香りが漂っているし、お菓子でも作ってたんだろうか。
「コウに急用の仕事が入っちゃったんです」
時刻は、すでに午後八時。
コウと呑むつもりだったため、帰りは遅くなると連絡しておいた。
早めの帰宅になった理由を簡単に説明する。
「夕飯は?」
「まだですけど、大丈夫です」
慶さんの問いに、適当に作って食べます~、と言い終わらないうちに、皿を差し出された。