私は、アナタ…になりたいです…。


(……人のこと、言えるのかよ…)


アルコールを飲みもしないのに気分が荒れてきた。
頬杖をついたまま黙り込む自分の横で、女将さんがぼそっと囁いた。


「初めてウチに来た時みたいね…」


呆れるような顔を向けて、「やっぱり飲もうか」と立ち上がる。

店内には殆ど客は居らず、「早仕舞いするから…」と、残った客も帰らせた。

暖簾を下ろして、女将さんは燗をつけに調理場の奥へ行った。大将は売れ残りの料理を皿に盛り、カウンターの方へと回ってきた。


「悠ちゃんと飲み明かすか…」


トントン…とつまみの入った器を並べ、カウンターの席に座り込む。
女将さんは熱燗を入れた銚子を3本持って来て、それぞれの猪口に注ぎ分けた。


カチッと音を鳴らして三人三様で飲み始めた。
女将さんは2杯目の酒を早々に注ぎ足し、昔話をしようか…と笑った。


「前に悠ちゃんのお母さんの話を聞いたことがあったよね?あの時、私、亡くなって無念だろうな…と言ったけど、やっぱりこの人は、幸せだったろうな…とも思ったよ。自分のお腹の中で小さな種が膨らんでいく。次第に重くなっていくお腹に、幾度となく胸を弾ませたことだろうからね…」


しんみり…と言うよりも、サバサバしたように感じに聞こえた。
母の話などしたくもない気分の僕は、冷めた声で「そうでしょうか…」と呟いた。


大将は黙って手酌酒を注いでいた。見るに見かねた女将さんが銚子を取り上げ注いでやった。

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