私は、アナタ…になりたいです…。
「両親に腕を引っ張られて、病院に向かわされた。やっぱり逃げ出したくなって、必死で逃れようとする私の視界に、ぼーっと突っ立てるこの人の姿が飛び込んだの…」



『ちょっと、あんた、見てないで助けてよっ!!』



「興奮状態にあった私は大声で助けを求めたのに、この人ときたら『お前は今、助けられてるじゃねーか!』って言うの。『お前の周りにいる人達は皆、お前を助けたくて此処に来てるんだろう?』って…」



女将さんの目が僅かに潤んだ。その日の記憶が蘇って、目頭を熱くさせた。


「『生きてまた会おう』って言われたの。私はこの人の名前も何も、知らなかったのに…」


筋の様な涙を零して、女将さんの話は止まった。

「飲み過ぎだ…」と言って猪口を取り上げる大将に、「ほっといて!」と取り返し、ほんの少しだけ残っていた徳利の中の酒を、猪口に振り落とした。



「……病院に戻ってね、冷静になって考え直した。私は一体、何の為に生きようと思ってたのか…って。女として生まれて恋をして、幸せな結婚をして子供を産む……それだけが人生のゴールじゃない筈なのに、若い頃の私には、それが最大のゴールのように思えてた。…だけど、この人の言ってたように、子供を産めなくても、女として結婚してる人達は大勢いる。好きな人に理解してもらえて、愛してもらえるのなら、それが一番幸せじゃないか…と思ったの。…何より生きて、この人にまた会いたい。今度こそ名前を聞いて、あの時の言葉は本気か…と問い正したかった…」

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