私は、アナタ…になりたいです…。
…意外にも縁は近くて、大将は病院の前に住んでる金持ちの坊々だと分かった。金持ちのくせに親不孝者で、料理を習いたいから…と、この店の初代店主の所に毎晩直談判に通ってたそうだ。



「勿体ない話でしょ…」


女将さんは笑って見せた。

2人は女将さんが退院した頃に再び出会って、『あの時の約束を果たしてちょうだい!』と迫る女将さんに、大将が『引き受けた』と言って、結婚したらしい。



「ふざけた女だろ⁉︎ こんな女、嫁にしてやるの、オレくらいだよ」


大将は笑いながら、モツ煮込みを口に放り込む。
タレのついた口元を指で拭き取り、女将さんがそれを舐める。
結婚生活35年を迎えると言っていた2人は、口を揃えて僕に言った。


「悠ちゃんも、相手に何を求めているかによって選ぶ人が変わると思うよ」

「初めてこの店に入ってきた時、あんたはかごめの輪の中に入ってきた…と私が言ったろ?これからいろんな人があんたの周りを回って、誰かがあんたの後ろで止まる。『今、あんたの後ろにいるのは誰?』と聞いたら……」



「『亡くなった母だと思います…』と、答えたんでしたね…」


写真しか知らない母の顔を思い浮かべた。
女将さんは「そうだよ」と頷き、「もう一度、同じ質問をするよ…」と言った。


「今、悠ちゃんの後ろにいるのは誰だと思う?…その人にどんな顔を見せたい?今みたいな酷い顔かい?それとも、カッコつけたイケメン面?子供みたいに甘えた顔する時もあるよね?…呆れるくらい泣く時もあるし、怒ってる時もある。…今はどうだろう?…誰に、どんな顔を見せたらいい?」

< 120 / 147 >

この作品をシェア

pagetop