私は、アナタ…になりたいです…。
「……分かった…」


真面目な顔をした田所さんが応えた。

顔は笑っていなかったけれど、声には前のような張りが戻っていた。

鼻の奥にツン…と感じる涙のにおいがする。

泣き出さないように、親指をぎゅっと握りしめた。


「河佐さんがそう言うなら別れよう。お互いの傷が浅いうちに、フリーに戻った方がいい…」


『さよなら…』と呟く彼に、無言で頭を下げた。

鼻の奥で感じていた涙のにおいが鼻先にくるのを覚えて、そのまま後ろを向いて走り去った。




………田所さんが追いかけて来る様子はなかった。

それでいいんだ…と思いながら、やはり心は置いていかれる。

体と引き離された様な感覚がして、いつまでも気持ちだけが彼の側に残る。



隣に立って、笑いたかった…。

自信を持って、彼に言いたかった…。


「どんな田所さんも好き…。ずっと、私の憧れでいて……」




……もう声はかけられない。
私からも、彼の方からも。


明日からは今まで通り、ただの同僚としてのみ過ごす。



(それでいい…。それが…何より一番いい……)



辛いのは今だけ。
この瞬間だけだと思って泣いた。


一晩中泣き通しても涸れないくらい、沢山の涙の粒が頬を伝ったーーー。



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