私は、アナタ…になりたいです…。
週の変わった月曜日の午後、私はとても困っていた。

前々から時々言い寄ってくる外部のお客様に、今日もしつこく誘われていた…。


「ねぇ河佐さん、今夜飲みに行きましょう。駅前に出来たレストランのワインが旨いって聞いたんですよ。前に甘口なら飲めるかも…って言ってたでしょ?食事しながら試飲させてもらえるそうですよ。行ってみませんか?」


大手の取引先の方だと近藤さんから聞いたことがある。
無下に断るのは、会社的にどうか…とも思う。

気乗りのしない相手と食事なんて煩わしいだけ。

なるべく穏便に、相手を傷つけないように断らないといけないけれど…。


「…あの…私、今夜はちょっと用があって……」


何もないけど理を言う。
取引先のお客様は引き下がらず、「来週ならいい?」と聞き返してきた。


「またここに寄る機会あるから、その時、時間を決めよう」


無理矢理に約束を取り付ける。それも困ります…とは言いづらくて、どうしようか…と口籠った。


上手く言い訳が思いつかない。
田所さんのことばかり考えている日々に、思考力が滞っている。


視線を下に向けたまま考える。
近藤さんがトイレから戻ってくるのを、とても待ち長く感じていた。




「駄目ですよ…酒井さん、彼女を誘っちゃ…」


聞き慣れた声に顔を上げた。

営業マンの後ろに立つ背の高い人の顔を眺めた。

穏やかな顔つきで、口元に優しい笑みを浮かべている。

『王子』と言われる由縁にもなったその顔で、お客様をこう諭した。




「河佐さんは、僕の彼女なんです。だから手を出さないで下さい」



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