私は、アナタ…になりたいです…。
耳を疑うような台詞を言って、私とお客様の間に割り込んできた。


向けられた背中の生地が、やけに細い所まで見受けられる。
その生地を見つめながら、後ろ頭に視線を向ける。
サラサラな髪をサイドだけワックスで固めている。
マリン系のコロンが微かに香って、ほっ…と安心させられた。


「またまたー!田所さん、すぐそんなウソ言って!バレバレだよ!」


お客様は信じず笑い飛ばす。
その人に向かって、彼はこう言い返した。


「嘘を言うのは貴方の方でしょう。何人もの女性と約束してるって聞いてますよ。うちの社だけでも三人?いや…四人いたっけ……」


他の社でも聞いたことがありますよ…と追い詰める。
お客様はバツの悪そうな顔をして、黙って社外へ出て行った。


ふぅ…と、小さな吐息が聞こえた。
振り向かずにお客様の出て行った先を見続けている。
その背中に額を凭れた。


後ろに隠された自分の存在が愚か過ぎて、涙が零れ落ちそうになった。

ぎゅ…とスーツを握りしめ、唇を噛みしめる。


パタパタ…と音を立てて、涙の雫が落ちていった。


声にならない想いが募っていく。


その想いを感じたかのように、彼が私の方に振り向いた。



ふわ…と香るコロンが、自分の体を包んだ。





「ごめん…」


謝った彼が、私を抱きすくめている。

その胸に頭を擦り付けながら、震えるように首を横に振った。


< 132 / 147 >

この作品をシェア

pagetop