私は、アナタ…になりたいです…。
一番最初に視界に入ったのは、銀色の丸いトレイだった。
それを握りしめている白いシャツの袖から出ている小麦色の肌に目をやって、ようやく店の人だと気がついた。
黒地に店名のロゴ入りエプロンを身に付けた男性店員を黙認して、テーブルの上のメニューを指差す。


「僕は中ジョッキの生で。河佐さんは?」

「オ、オレンジフィズをお願いします…」


「中ジョッキとオレンジフィズですね」

店員の男性は、注文を繰り返しながらサラサラとメモを取る。


「ご一緒に何か注文されますか?」

付き出しの和え物をテーブルの真ん中に置きながら聞き返す。


「とりあえず後からでいいよ」


さっさと去って欲しくて、そう返事した。


「かしこまりました!少々お待ちください!」


威勢のいい挨拶をして立ち去る店員を見ながら、5年前の彼女のことを思い出した。



「…今の店員、あのおばさん講師に言わせるなら60点以下だね」

カトラリー類の入った長方形のカゴの中からオシボリ袋を取り出して彼女に差し向けた。
僕の言ったことに相槌を打たず、彼女は両手でオシボリを受け取る。


出会いの日のことを口にしたのは失敗だったか…と反省しながら、さっきの続きを言おうかと口を開いた。



「河佐さん、あの……」

オシボリ袋を縦に裂こうとしていた彼女の手が、ピタリと止まった。

< 14 / 147 >

この作品をシェア

pagetop