私は、アナタ…になりたいです…。
「今もさっきも…って、僕が君に憧れてるって言ったこと？」

聞き返す言葉に『はい…』と小さな返事があった。
河佐さんは言いにくそうに言葉を選びながらこう付け加えた。

『田所さんに憧れてたのは私の方です。貴方は私に無いものばかりを持っているし、いつも周りから注目されてる…。でも、私はそんなこと一つも無いし、有るのはコンプレックスばかりです。そんな私に憧れるなんて絶対にありません。だから、とても信じられません』


食事中もBARで飲んでいた時も、殆ど喋らずにいた人とは思えないくらいの滑舌の良さで話すと、彼女はさっさと電話を切ろうとした。

『今夜は誘って頂いてありがとうございました。今回限りでいいので次回はまた別の方とどうぞ。じゃあ、おやすみなさい！』


早口で言い捨ててしまう人を、思わず引き止めてしまった。


「待って！」


驚くように息を呑んだ声が聞こえ、電話口の向こうが静かになった。
気持ちを落ち着けるように息を吐き、それから電話口の向こうにいる人の顔を想像しながら伝えた。


「河佐さんは本当に僕の憧れなんです。信じられない…と言うなら、取りあえず僕と付き合ってみて欲しい。君が僕に憧れる理由も知りたいし、君自身の魅力にも気づいてもらいたいから」


頼む…という気持ちを込めながら言った言葉だった。
頭の中に浮かんできたのは、食事した店で泣き出しそうな顔をしていた彼女だった。




『………そうまで言うなら…一応、信じます……』

< 26 / 147 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop